名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

聖金口イオアンSt. John Chrysostom:愛の預言者

ゲオルギイ・フロロフスキー神父

 金口イオアンは精力的な説教家だった。説教を好み、説教することを聖職者の義務と心得ていた。聖職者の権威は言葉と説得によって生じる権威である。この権威によってクリスチャンはその力を行使する。王たちは強要するが、教会の牧者たちは確信させる。一方は命令し、一方は勧告する。牧者たちは人間の自由に、人間の意志に呼びかけ、決断を迫る。
 金口イオアン自身がよく言うように「人々の救いは言葉と温柔と勧告によって全うされる」。金口にとって人生の意味とは、自由な生活、即ち奉仕の生活の中に在り、また在らねばならなかった。彼は繰り返し自由と自由意志による決断について説いた。彼にとって自由とは人間の内なる神の像であった。金口の好んだ表現によれば、ハリストスはまさに人間の意志の病を癒すために来られた。神は常に人間の意志の力を損なわないよう振る舞う。神ご自身が、強制によってではなく、呼びかけと勧告によって人を動かそうとする。正しい道を示し、呼びかけ、招き、悪への危険に対して警告する。しかし決して強制しない。キリスト教の牧者たる者も同様でなければならない。金口の気質はあらゆる面でぎりぎりの限界まで突き進む傾向があり、痛烈で厳格だった。しかし、彼は常に強制には反対した。たとえ異端者と戦う場合でも例外ではなかった。しばしば、クリスチャンはたとえ善のためであっても暴力を用いることは許されない、と強調している。
 「私たちの戦いでは生者を殺すようなことがあってはならない。むしろ死者を生かすのだ。なぜなら、この戦いは温柔と謙遜の神(霊)に指揮されているから。私は行動ではなく言葉で攻める。異端者ではなく異端を攻める。ハリストスは十字架につけられた者として勝利者なのであって、十字架につけた者としてではない」。
 彼にとって、キリスト教の本領は力にではなく謙遜と寛容の中にあった。自分自身には厳しく、他者には温柔でなければならなかった。

 しかし、金口イオアンは楽天的な感傷家ではない。彼の人間理解は峻厳で冷徹だった。彼は、教会に名目だけの改宗者たちがどっとなだれ込んできた時代に生きた。死人に向かって語りかけているようなものだった。愛が欠如し、独善が溢れ、その邪さはまるで黙示録の世界だった。「信仰の熱さは冷めきってしまい、ハリストスの体は死んだ」。この人たちにとっては、キリスト教は習慣的なしきたり、空虚な形式、せいぜい行儀作法に過ぎないものなのではないか、そう疑いながら語りかけなければならなかった。「数千人の内に救われつつあるものは百人にも満たないのではないか、いやそれすらも疑わしい」。厖大な数の自称「クリスチャン」たちに彼は戸惑った。まさに「火に投ぜられる余分な燃料」である。

 彼にとって、この世の繁栄は、危険な最もたちの悪い迫害であり、おおっぴらな迫害よりむしろ深刻だった。繁栄の中では誰も危険に気づかず、霊的な無感覚の中で生きる。人々は眠りこけ、悪魔は彼らを殺す。金口は特に、聖職者にさえ見られる、あからさまで意識的なキリスト教的行動基準の切り下げに胸を痛めた。塩は味を失いつつあった。彼はこれらに言葉で叱責や譴責を浴びせるだけでなく、実際の愛のわざの模範で応えた。彼は社会の再生と社会的な病いの癒しに精魂を傾けた。彼は愛のわざを説教し自ら実践した。病院や孤児院を建設して貧困者を助けた。彼は実践的な愛の精神を回復したかった。彼はクリスチャンに行動と関与を求めた。彼にとってキリスト教はまさに使徒時代にしばしば形容された通り「道」だった。ハリストスご自身が「道」だったのだから。金口はあらゆる妥協、譲歩と調停に反対した。彼は「首尾一貫したキリスト教精神」の預言者だった。
 金口は徳義を説く。しかし、彼の倫理は深くその信仰に根ざしたものである。彼は聴衆に聖書、とりわけパウェルの著作を好んで解釈した。そこに彼は信仰と生活の首尾一貫した結合を見出した。

 金口が常にそこに立ち帰ってゆく教義的主題がある。一つは「教会」である。この主題は、大祭司ハリストスの犠牲、即ち贖いの教義に密接に結びついている。教会は新たなる「創造」であり、ハリストスにある生命であり、人々の内にあるハリストスの生命である。二つ目は、機密であり犠牲である聖体機密である。金口を、当時実際にそう呼ばれていたように「聖体機密の教師doctor eucharisticus」と呼ぶのはもっともである。二つのテーマは結びついている。聖体機密の中で、聖体機密を通して、教会は「生きる」ものとなる。
 金口は生きた信仰の証人であり、それゆえに東方でも西方でも彼の言葉は熱心に学ばれた。しかし、彼にとって信仰箇条はたんなる理論ではなく人生の基準であった。教義は実践されなければならない。金口は救いの福音、新たなる生命の善きおとずれを宣べ伝えた。彼は単に倫理の教師ではなかった。彼は主・ハリストスとその十字架と復活を、また子羊としてささげられた主ご自身とご自身をささげた大祭司を宣べ伝えた。彼にとって正しい生活が正しい信仰の唯一の有効な証しだった。信仰は行いの中に成就されなければならなかった。愛のわざと精神の中に。愛なくして、信仰も、神の観想も、神の神秘の体験も不可能である。彼の生きた時代と社会にあって、神の真理への戦いは絶望的な様相を呈していた。彼はそこから目をそらさなかった。彼は常に現実に生きている魂に関心があった。彼は人々に、生きている人々に語り続けた。彼は彼が語りかけている会衆への責任を忘れたことがなかった。彼は具体的な問題や状況を取り上げて語るのを常とした。

 金口イオアンが一貫して取り上げたテーマは富と貧困の問題だった。これは彼が生きた時代が否応なしに彼に突きつけた問題だった。彼は人口過密に悩む大都市の生活に直面した。そこには見過ごしにできないほどの貧富の差があった。彼はキリスト教を実生活から切り離さず、社会問題を真正面から見つめた。しかし社会問題は彼にとって何よりもまず宗教的かつ倫理的な問題だった。たとえ彼がキリスト教徒の社会組織について独自の計画をもっていたにせよ、彼は社会改革主義者であったわけではない。彼はただこの世界でのクリスチャンの生き方、その義務、その使命について関心があったにすぎない。
 彼の説教を読んでまず気付くのは、彼の透徹した社会状況への分析である。彼は社会の現実にあまりに多くの不正、冷酷、無関心、苦悩そして悲しみを見た。彼はこれらが彼の生きる社会の「貪欲」な性格に、またそこで生きる人々を支配する「貪欲」な精神に結びついていることを見抜いていた。この「貪欲」な精神は不公平を、即ち不正を増長する。彼は実りのない贅沢な暮らしを問題にするばかりでなく、人々を不断に襲う富の誘惑を憂慮した。富は富者たちをたぶらかす。富はそれ自体何の価値もない、その仮面の下に人間の本当の顔が隠される偽装である。しかし富を持つものは、やがて富をいつくしむようになり、富に欺かれ、富を価値あるものと見なすようになり、富に頼るようになる。富は、たとえ僅かなものであっても、みな危険きわまりないものである。人々が、本来朽ちることを逃れられない不真実なものに平気で依存するようになるからだ。
 金口はこの点について非常に福音に忠実である。宝は、地上ではなく天において集められなければならない。腐敗を免れない地上的な宝は真の宝ではない。「財産への愛は異常なものである」と金口は言う。財産は霊への重荷、それも非常に危険な重荷に過ぎない。霊を奴隷化し、神への奉仕から引き離す。クリスチャンの精神は放棄の精神であるのに、財産は人間を命のない物品に縛りつける。「貪欲」の霊は人間の視力をくらまし、人生への眺望を歪める。金口は「山上の垂訓」の諸戒命に忠実に従う。「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな…」。生命は着るものや食べるものにはるかにまさる。しかし、実際にこの貪欲な社会を支配している気分は「思いわずらい」である。

 クリスチャンはハリストスに全幅の信頼を置き、一切の持ち物を捨てて、ハリストスに従うことを求められる。所有物は、飢えた者を食べさせ、貧しい者を助け、求める者に与えて、人々の必要を満たす限りにおいて正当とされる。教会の精神とこの世俗社会との間の緊張と葛藤はここに根ざす。社会的不正のもたらす悲惨は社会がその傷から流す血である。多くの人々が悲しみと飢えにあえぐこの世で、所有物は全て悪である。冷酷さの証拠であり不信の兆候である。金口は聖堂の壮麗さすら糾弾する。彼は言う。「教会は天使たちの勝ち鬨あふれる集いである。銀細工師の見世店ではない。教会は人々の魂を求めている。神が様々な物品を聖堂にお受け入れになるのは、それに役立つ限りにおいてである。最後の晩餐で弟子たちに差し出されたカップは黄金製ではなかった。しかし、それは何よりも尊かった。ハリストスを讃えたいなら、貧しい者の姿に裸の主を見出し、そのお方に献げなさい。絹布や金銀を聖堂に持って行っても、ハリストスが聖堂の外の寒さの中に裸で置き去りにされているなら、無駄なことだ。聖堂に黄金の皿がいくら貯えられていても、ハリストス 自身が飢えておられるなら、無駄なことだ。あなたたちは、聖堂のために黄金の爵をいくら作っても、貧しい者に冷たい水のカップを差し出すことすらしない。ハリストスは一人のあやしい宿無しとして、物乞いをして彷徨っている。そのハリストスに目もくれず、あなたたちは聖堂を飾り立てている」。

 金口は、財産はどんなものであれ、ある意味で貧しい人々から盗んだものであると考えた。他の人々を犠牲にせずして富者ではあり得ない。財産の起源は常に不正である。金口は、貧困それ自体には何も積極的な価値はないと考える。彼にとって貧困とはまず第一に欠乏、欲求、苦労、苦痛である。だからこそ、ハリストスは貧しい者たちの中に見出され、金持ちの姿ではなく物乞いの姿で私たちのもとに現れる。貧困は、ハリストスのために喜んで受け入れられる場合にだけ祝福となるにすぎない。たしかに貧者は富者より思い煩いにふり回されないかもしれない。しかし金口は貧困が、重荷としてではなく、嫉妬や投げやりさを引き起こす要因として誘惑であることに気付いていた。まさにそれ故に、金口は貧困と闘った。苦痛を和らげるためばかりでなく、誘惑を取り除くためにである。
 金口は常に社会倫理的な主題に関心があった。彼の正しい社会へのビジョンにおいて、最初の前提条件は「平等」であった。真正な愛は最初に平等を求める。しかし、金口はもっと踏み込んで考える。世界の創造者、神ご自身お一方がこの世の所有者である。厳密に言えば私有財産は存在してはならなかった。一切が神に属す。神ご自身の目的のため、神は人を信じて一切を人に与えた、いや、正確には貸し与えた。金口は、人間が所有できる唯一のもの、即ち「善行」以外は全て神のものであると付記している。一切が、人間の共通の主人である神に属するのだから、一切は人々に共有されるものとして与えられた。この世で人間が作り上げた物にも都市、市場、街路、など共有のものがある。神のお働きも同じである。水、空気、太陽と月、その他の被造物、これらは皆共有されるために創造された。争いはいつも、人が、その本性上決して特定の人のものではないものを、他人を排して独り占めしようとするところから始まる。
 金口は私有財産に対して深い疑問を持った。「私のもの」「あなたのもの」という冷たい区別が始まったその時から、争いが始まったのではないだろうか。金口は結果に対してよりむしろ原因に、即ち意志が何を指向しているか関心を持った。人はその宝をどこに積もうとしているのか。
 金口が社会的公正を求めたのは人間の尊厳を守るためであった。人間は皆、神の像として創造されたのではなかったか。神は一人一人の人間を、その人生のあり方や過去の行動にかかわらず、どんな者でも救い回心させようとなさっている。人間は皆、悔い改めを呼びかけられており、しかも誰でも悔い改めることができる。その可能性を私有財産に基づく社会的不正が妨げていないだろうか。
 しかし彼の説教は決して人間の物質的な条件を無視しない。物質的なものも神から来た。それ自体として悪ではない。悪いのは誰かが飢えているのに、一部の人たちの利益のために物が独占されるという、物の間違った使い方である。

 答えは愛の内にある。愛は自己本位ではなく「高ぶらず」「自分の利益を求めない」。金口は初代教会に範をとる。「(初代教会の)信仰の高まりを見てごらん。彼らはその富を捨て去った。そしてなお大きな歓喜に溢れた。なぜなら、彼らが労せずして手に入れた富はもっと大きかったからだ。誰も非難せず、誰もうらやまず、誰も惜しまない。そして誰も誇らず、誰も蔑まない。誰も私の物とかあなたの物とか言わない。だから、彼らの食卓にはいつも喜びが溢れていた。『これは自分の食べ物』『こっちは彼の物』などと誰も思いもしなかった。また彼らは、彼らの兄弟姉妹の持ち物を自分に関係ない他人の物とは考えなかった。それは主の物だから。もちろん、彼らは自分の持ち物を自分の物と見なさなかった。すべて兄弟姉妹の物だった」。
 どうすればこんなことが可能なのかと、金口は問う。信徒たちが愛の霊に鼓吹されていたから、そして、はかりしれない神の愛を皆互いに認め合っていたから、と金口は答える。

 金口は決して共産主義を説いたわけではない。そこで説かれている生活のあり方は、共産主義と見間違えそうなものであるが、大切なのはその精神である。金口が都市の中で説いているその精神を、修道士たちは荒れ地や修道院で熱心に実践し、その実践を通じて、神が唯一の主であり一切の所有者であることを告白する。金口は修道生活を一部の選良のための特別に高度な生活形態であるとは考えなかった。むしろ、すべてのクリスチャンに当然のこととして求められている福音的な生活形態であると考えていた。この点で彼は、聖大ワシリイから聖アウグスティンそしてストゥディウス修道院の聖フェオドルにいたる古代教会の精神性の伝統を完全に分かち合っている。
 修道生活の本領はその生活形態そのものではなく、その献身の精神、神からの呼びかけへの決然たる応えにある。しかし、ごく一部の者だけが呼びかけられているのだろうか。金口はここでも「不平等」を問題にする。「強い」者たちと「弱い」者たちを分け隔てすることは危険なことではないだろうか。あらかじめ誰がそれを判定できるだろう。
 金口は常に現実社会に生きる人々について思いを砕いていた。人々へのアプローチにあるある種の個人主義にもかかわらず、彼は「一致」をもっとも価値あるものとしていた。連帯の精神、助け合いと責任の分かち合い、奉仕の精神である。兄弟姉妹のために奉仕しない者に、徳の成長はない。そのために、彼は常に愛のわざを強調した。愛のわざを行わなかった者はハリストスの婚宴の部屋には入れない。両手を天に差し伸べるだけでは充分ではないと彼は言う。貧しい者たちに手を差し伸べねばならない。そうしてはじめて神父にあなたの祈りは届けられる。最後の審判についてのたとえ話を念頭に、彼は、審判の時私たちが問われる唯一の問いは「愛のわざ」をなしたかどうかであると言う。しかし、繰り返し言うが、これは道徳主義ではない。彼の倫理は明らかに神秘主義的な深みを持っている。まことの宝座は人々の体そのものである。宝座に向かって祈るだけでは充分ではない。生きた霊によって形作られたもう一つの宝座がある。この宝座はハリストスご自身、そのお体である。正義と憐れみの献げ物がこの宝座にも献げられてはじめて、私たちの献げものは神のまなざしの内に祝福を受ける。愛のわざは、渇きと悲しみと苦痛を癒すためにこの世に来られたハリストスへの究極的な献身と傾倒によって、常に霊を吹き込まれていなければならない。

 金口は抽象的な神学的図式を信じなかった。彼はクリスチャンの愛が持つ創造的な力に燃えるような信頼を抱いた。これこそが、いつの時代にも、教会が彼を教師、預言者として讃えてきたゆえんである。若い頃、彼は何年か砂漠で過ごした。しかし彼はそこに留まろうとはしなかった。彼にとって修道的な孤立は単なる訓練期間に過ぎなかった。彼は福音の力を宣言するために、世俗社会に帰ってきた。彼は伝道を自らの使命とした。使徒的、福音的な熱情が彼に溢れていた。彼が望んでいたのは、彼を鼓吹する霊を兄弟姉妹と分かち合い、神の国を打ち立てるために働くことだった。彼は、人々が荒れ野に完全を求めて引き込むことなど必要がないよう、都市の普通の生活の中に同じ精神が溢れることをいつも祈ったのである。彼は都市そのものを改革することを求め、そのために司祭職と使徒職をあえて身に引き受けたのだ。

 これは空想的な理想主義者の夢物語だろうか。世界を造り変えこの世界の世俗性を覆すことは可能だろうか。金口の伝道は成功したのだろうか。彼の生涯は波乱と苦難に満ちたものだった。忍耐と受難の日々だった。彼は迫害され拒否され流刑地の囚人のように枕する所もなく死んだ。彼を迫害したのは異教徒たちではなかった。正しい道を見失ったクリスチャンの同労者たちだった。しかし彼は、耐える他ないものを喜んで受け入れた。その苦難を、ご自身拒絶され処刑されたハリストスが自らの手でお渡しになるものとして受け入れた。
 やがて教会は、彼に感謝し、彼の正しさを証しし、彼をいつの世までも人々を教え続ける「全世界の教師」の一人として厳かに認めた。

 金口の著作にはどこか現代的な響きがある。彼の生きた社会は緊張に満ち、彼の歩みは常に未解決の問題を抱えていた。私たちの時代によく似ている。彼の勧告は彼の時代よりむしろ私たちの時代に訴える力をもっているかもしれない。しかし彼の勧告は首尾一貫したキリスト教精神への呼びかけに貫かれている。そこでは我等の主イイスス・ハリストスを通して、信仰と愛が、信仰と実践が、神の圧倒的な愛への無条件の降伏に、神の憐れみへの無条件の信頼に、神の働きへの無条件の委ねに結びつけられている。