名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

生神女マリヤ

マイアンドルフ神父「ビザンティン神学」より(G.I兄翻訳)

 ビザンティン教会が公式に付したマリアに対する唯一の教義的規定は、彼女をテオトコス(Thetokos)、「生神女」と呼んだエフェソ公会議の布告である。明らかに、マリア論ではなく、キリスト論的に。それでもこの布告は「新しいエワ」というマリア論のテーマに一致している。「新しいエワ」というマリア論のテーマは、2世紀以降キリスト教神学の文献に表れており、アダムから受け継いだものに対する東方の観点から、西方で普及していたそれよりも楽観的な、人間の自由の概念の証拠となっている。

 アレクサンドリアのキリルは、イイススと先在のロゴスとのペルソナ的、ヒュポスタシス的な一致を主張し、それはエフェス公会議で支持されたのだが、そのアレクサンドリアのキリルの神学こそ、5世紀以降マリアの人格に中心をもつ、敬虔の途方もない発展に対するキリスト教の基礎に役だったのであった。神は人となることで我々の救世主となった。しかし、この神の「人間化」はマリアによって起こったのである。そのマリアは、彼女の息子の人格と働きから不可分である。イイススにおいて、人間のヒュポスタシスはなく、母はただ「なにか(something)」ではなく「だれか(someone)」の母であることができたため、マリアはまさに籍身したロゴスの母、「生神女」なのである。そして、人間の神化は「ハリストスにおいて」起こるため、彼女はまた、人の「ハリストスへ」の参与と同じく現実という意味で、教会の体全体の母でもあるのだ。

 このマリアのハリストスとの近さは、東方において、マリアの死後の肉体の光栄を伝える外典の伝承の流行をますます大きくさせることへと至った。これらの伝承は、生神女就寝祭(コイメーシス(Koimesis)、8月15日、グレゴリウス暦上では8月28日)の聖歌の詩において見いだせるが、神学の思索や教義の規定の対象には決してならなかった。マリアの体の「被昇天」の伝承は、終末の兆候、ハリストスの復活の徹底、普遍的な復活の予期として詩や説教によって扱われた。そのテキストは非常にはっきりと乙女の自然死を語っている。乙女の自然死は、不死を彼女に帰し、受け継がれた可死性としての原罪の東方の観点からはまったく理解できないであろう、無原罪懐胎という教義とのいかなる可能な関連をも排除している(註)。したがって、ビザンティンの奉神礼における、マリアの敬虔と献身の無限の表現は、神性と人性のハリストスにおけるヒュポスタシス的な統一の教義の例証に他ならない。ある意味、それは5、6世紀のキリスト論のやや抽象的な概念を、素朴な信者のレベルに移した正当で本質的な方法を表している。

(註)ローマ・カトリックの神学者の何人か(例えば、M. Jugie, l'Immaculee Conception dans l'Ecriture sainte et dans la Tradition orientale, Bibliotheca Immaculatae Conceptionis, 3 [Rome, 1952])がそう主張しているのにもかかわらず、私はここで無原罪懐胎の西方の教義が必然的にマリアの不死性を意味しているとは言わない。