名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

ロシヤ式十字架のかたちについて

 日本正教会はロシヤから伝道されたためロシヤ式十字架(八端十字架といわれます)を用いることが多いのですが、このかたちはスラブ系の教会の伝統にすぎず、ギリシャや他の正教会ではふつうの十字架です。

 さて、まず皆さんに質問させてください。「ハリストスに最初に救われた人は誰ですか?」これがロシヤ十字架のかたちの謎を解くヒントです。…いかがですか。

ロシヤ十字架にはその下部に足台を表す横棒が描かれています。この棒は水平ではなく、十字架上のハリストスから見ると右側に当たる側が上を向き反対側が下がっています。これには意味があります。
 ルカ伝が十字架上のハリストスについて次のような出来事を伝えています。

 主は二人の強盗とともに十字架につけられました。一人は主の右に、一人は左に。
 「十字架にかけられた犯罪人のひとりが、『あなたはハリストス(救世主)ではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ』と、イイススに悪口を言いつづけた。もうひとりは、それをたしなめて言った、『おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない』。そして言った、『イイススよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください』。
イイススは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう』」(ルカ23:39-43)

正教会は、この、主を認めて悔い改めた犯罪人は、主の右側の十字架にかけられていた、と言い伝えてきました。そこで、ロシヤ十字架の右上がりはこの悔い改めた「右盗」が主とともにパラダイスに招き入れられたこと、左下がりは悔い改めなかった左の犯罪人が地獄へ落ちたことを表しているのです。

 最初に救われたのは、お弟子たちでも、ハリストスの葬りを願い出た勇気あるヨセフ(ルカ23:50)でもなく、この一人の犯罪者でした。彼は、主のために献身したわけでもありません、善い行いで「償い」をしたわけでもありません、愛のわざで貧しい者たちを助けたわけでもありません、ただ生涯の最期にイイススを主であると認め、悔い改めただけです。

 正教会の、というより本来のキリスト教の救いに関する教えは、単純明快です。
 「悔い改めよ、天国は近づいた(マトフェイ3:2)」…。
 悔い改めて神に立ち帰る者は救われるということです。悔い改めない者は救われません。

 したがって、クリスチャンの一生は神への立ち帰りの道程です。人間的な弱さで行きつ戻りはあるでしょう、でも、七転び八起き、ハリストスへの信仰と希望と愛を捨て去ることなく、神に近づいて行く人生。終わり無き悔い改めの人生。パスハ「すぎこし」の人生とも言います。

ちなみに上部の横棒は主の罪状書き。