名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

多難を受けた義人イオフ

 モイセイの時代より前の大昔、アラビアにイオフと呼ばれる人がいた。彼は常に神を敬い、悪を遠ざけるという敬虔徳義なる人であった。また彼の家は大変裕福であったが、イオフは好んで貧困者のために手を施したので、その他の民衆の中でイオフを敬愛しない者はなかった。神はその崇高なる行いを見て喜び、イオフに地の富のみならず七男三女の子供をも授けた。その子供達は皆仲が良く、父母を敬愛してとても平安なる生活を送っていた。時々彼らは宴の席を兄弟のどこかの家に設けて飲食を共にしたが、一人イオフだけは家にいてその宴に出席せず、神に子供達の罪をお赦し賜わるべく祈祷にふけるのであった。このような時イオフはいつもこうであった。

 ある日神はイオフを試したくなり、サタナに「あなたは私の僕のひとりであるイオフを見たことがありますか。彼は徳篤く誠実で、悪を遠ざけ謹み畏れて私に奉仕する者であるというのは本当ですか。」と尋ねた。サタナはこれを受けて「イオフは神が、多くの富を彼に与えるからあのように神に奉仕するのではありません。試しに彼からそれらの富を奪ってみて下さったらよろしい。私も彼が神に奉仕するか否かを見たいものです。」と神に言った。すると神はイオフに天命に順じ堅く忍ぶ、高尚なる手本を人びとに示させるべく、イオフの財産と家族とをサタナに預けることにした。

 ある穏やかな昼下がり、イオフの子供達は例によって長兄の家に集まって宴を催していた時、イオフもまた例の如く子供達のために神への祈祷をおこなっていた。するとあるひとりの召使いがもの凄い勢いで飛び込んで来て彼にこう告げた。「た、大変です!旦那様!う、牛とロ、ロバが、盗まれました。ほ、他の仲間はみ、皆、こ、殺されました・・・。」その召使いがまだそう言い終わらないうちに、またひとり召使いがやって来て「だ、旦那様!雷!雷が羊の群に落ちました!全滅です!や、焼け死にました・・・。仲間も皆、し、死にました。助かったのは私だけです。」とイオフに告げた。するとまたまた別の召使いがやって来て「ハルデイ人に、ハ、ハルデイ人にらくだを奪われました。他の召使いは皆殺されました。」と告げた。さらにもうひとり、最も悲嘆すべき事件をイオフに報告すべく召使いが彼の前に現れた。彼はイオフの前にひざまづくや突然泣き出し、報告を始めたがそれは支離滅裂でよく聞き取れなかったが、その内容は、イオフの子供達が長兄の家で宴を開いて少したつと突然、大風が起こって家を粉々にし、そして家の中にいた者は皆その下敷きとなって死んでしまったとの事であった。そして彼ひとりだけが命からがら逃れて来たとのことであった。

 次々に報ぜられた災難と子供達や召使い達の訃報を聞き終えて、イオフは悲嘆に堪えることが出来ず、身にまとっていた衣服を裂き地にひれ伏して拝んでこう言った。「私は母の胎内より裸で出て来た。そして必ず裸で地に帰るだろう。主はこれを賜い、また主はこれを取る。まさに主の名を賛美する。」

 イオフはこのように一言も神をそしるようなことは言わなかった。けれどもサタナはその後にもイオフが利益のために神に奉仕しているに過ぎず、神よりも自分自身をより多く愛していると神に告げ口した。これを聞いて主はサタナにイオフの肉体に触れることを赦したので、子供達と財産を失ったイオフはとうとう病に罹り、全身痛みに充たされたいそう苦しんだ。しかしイオフは尚神に於ける信仰を堅く守り、屈せずして神の公義と恩寵とを呼んだ。イオフの妻は悲しみに堪えられなくなって夫イオフに「このような苦難を受けるくらいなら一層のこと死んでしまった方がましだわ。」とつい弱音を吐いてしまった。これを聞いてイオフは「お前が今言ったことは非常に愚かなことです。もし我らが主の手から幸福を受けたなら、また神から苦難が我々に与えられるでしょう。」と妻に向かって言った。

 このようにイオフが諸難に遭っているのを聞いて、三人の友人が彼のもとに訪ねて来た。そしてその苦しみのさまを目の当たりにするや彼を慰めるどころか、きっと彼は大罪を犯して神に罰せられたに相違ないと一同思って、彼に痛悔の心を起こさせようとした。けれどもイオフは全心誠意常に神に奉仕し、今また聖旨に従いこのような艱難辛苦に遭うのは神の聖旨より発せられたことであり、堅く神の知恵と神の仁愛とに依頼し少しも心に恥じることのないという神への信仰心は、この苦難によって更に固められた。それゆえ彼は諸々の苦しみを忘れて「私は私の救世主が私の肉体を復活させることを確信している」と言った。

 かくして神自らイオフとその三人の友とにさとすのは、およそ人間は神の道を議論することが出来ず、ただ神ひとりだけがその全能者たるがゆえに、謹んでその旨に従うことが出来るということである。

 このようにしてサタナは義人イオフの信仰と忍耐を破ろうとしていろいろイオフを試してみたが、彼の不屈の堅固な信仰心にうち勝つことが出来ず非常に口惜しがった。

 かくて神はイオフのからだを元に戻し、また七男三女の子供達とその財産をも元通りにイオフに与えた。

 その後イオフは実に百四十年も生き、玄孫を見てそれから安らかに永眠したということである。