名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

大致命女 聖エカテリーナ

 紀元2世紀末、ローマ皇帝マクシミアンの時代、アレキサンドリヤ城にエカテリーナという貴族の娘がいました。その母はハリスティアニンでしたが、当時キリスト教は迫害されていたので、迫害を恐れて信仰を深く秘めていました。処女(おとめ)エカテリーナは容姿端麗、聡明で哲学に秀で、詩歌の教養も深く、また医学にも練達していたので、十八歳の頃からその名を世に広めていました。彼女の容姿と教養が有名だったので、ローマ帝国中の青年貴族はこぞって求婚しました。彼女の母や親族は、良縁があれば嫁ぐようすすめましたが、決して首を縦に振りませんでした。エカテリーナに求婚したひとりの貴族は、側近の者に彼女のすばらしさをこう洩らしたということです。

 「私の妻を探すなら、爵位・富・容貌・学識等が私と同等の女性を探すことだ。しかし、世の中にこれらをすべて備えた者は少ない。皇族の中には確かに名誉や富を持つ者はいる。だが美貌と聡明、博学を兼ね備えた女性はエカテリーナの他にはいないだろう」

 この頃アレキサンドリヤ城の近くの野に高徳な老修道士がいました。彼はエカテリーナの母の霊父だったので、母は自分の愛するひとり娘のことを相談しようと、エカテリーナを連れてそのもとへ行ったのでした。 老修道士はエカテリーナの聡明さを知り、真の神について学ばせようと考え、彼女に言いました。

 「私はひとりのすばらしい少年を知っています。あなたは色々な才能を持っているようですが、彼の方がすべて勝っています。

 その容貌は清らかで太陽のように輝き、その叡智は全世界を治めるに余りあるほどです。また富は、常に人びとに施し続けても少しも減ることがありません。そして彼の爵位に至っては、言葉が見つからない位です。天下に彼のような人がいるでしょうか」

 エカテリーナはこれを聞いて心が動き、姿勢を正して問いました。
 「本当にそのような人がいるのですか?」
 老修道士は言いました。
 「そうです。本当にいるのです。彼はこれらの才能の他にも、言葉では言い表せない美徳を兼ね備えています」

 エカテリーナは重ねて問いました。
 「あなたがそのように賞讃される方は、いったいどこのどなたなのですか」

 老修道士は答えて言いました。
 「その人は、地上には父はいません。奇蹟をもって至聖・至潔なる処女(おとめ)マリヤより生まれたからです。処女(おとめ)マリヤはご自身の至聖・至潔によって、その方の母となったのです。その後マリヤは永遠の魂を得て天に昇り、今や天の女帝の如く讃美されているのです」

 彼女はその話に()かれ、「私は高徳な方にお会いすることが出来るでしょうか」と問いますと、老修道士はんで言いました。 「私の言う通りにすれば会うことが出来るでしょう」

 そして生神女マリヤがハリストスを抱いたイコンを取り出し、エカテリーナに持って帰り、自分の部屋にかけて夜の明けるまでその前で祈るよう命じて言いました。
 「さっき私が話した人の母、処女(おとめ)マリヤのイコンです。熱い信仰心をもってマリヤに祈りなさい。至聖なるマリヤは、あなたの望みを満たして下さることでしょう」

 エカテリーナは老修道士と別れて家に帰ると、彼の言葉に従って自分の部屋で熱心に祈りを捧げていましたが、途中で疲れて眠り込み、奇妙な夢を見ました。
 夢の中にハリストスを抱いた生神女マリヤが現れ、エカテリーナの前に立ちました。マリヤに抱かれた幼な子からは、太陽のような光が四方に輝いていました。エカテリーナは幼な子の顔を見ようとしましたが、うつむいているためにどうしても見ることが出来ません。
 エカテリーナが困っていると、マリヤが幼な子の顔を向けさせようとして、エカテリーナの美しさを告げました。すると幼な子は母マリヤに答えました。

 「彼女は容貌も醜く、貧しい娘です。私の顔を見せるに値しません」

 マリヤが「ご自分の造ったものを悪く言わないでください。彼女はどうしたらあなたのお顔を見ることが出来るのでしょう。彼女に教えてあげてください」と言うと、幼な子は答えて言いました。
 「老修道士のもとへ行って、なすべきことを聞きなさい。彼の言葉に従い、それを行うならば、私の顔を見、私の栄光を飽きるほど受けられるでしょう」

 夢から覚めたエカテリーナは大いに心服して、夜明けとともに直ちに老修道士のもとへ行き、その足元に(ひざまず)いて教えを乞いました。
 老修道士は大いに喜んでハリストスの教えを説き明かし、天国の幸福と罪人の悲惨について語ったのでした。

 エカテリーナは、もとより博学・賢明な女性なので、すぐにキリスト教の真理を悟り、真理を信じ、遂に洗礼の機密を受けたのでした。
 かくしてエカテリーナは洗礼を受け、霊魂を更正し新たなる人として家に帰ると、神のみ前に伏して、今までの自分を悔いて祈りを捧げました。

 しばらく祈祷を続けていましたが、ついに疲れて眠ってしまいました。すると再び夢の中に神の母を見ました。しかし今度は幼な子イイススは、彼女に平安かつ光り輝く顔を向け、静かに愛に満ちた眼を注がれました。
 マリヤが「今のエカテリーナはあなたのみ旨にかなっていますか」と尋ねますと、ハリストスは答えて言いました。
 「この処女(おとめ)は、以前は貧しく愚かでしたが、今は最も美しく賢い女性となりました。私はこの処女(おとめ)を、今より永遠に私の妻にしたいと思います」
 彼女はその言葉を聞いてひれ伏して言いました。

 「尊貴なる主よ。私は卑しく不肖な者です。このような私があなたの国に入ることが出来ましょうか。けれど、願わくは私をあなたの(はしため)としてくださいますように」

 すると生神女マリヤがエカテリーナの右手を取り、ハリストスが彼女の指に指輪をはめて「地上において結婚しないように」と言われたのでした。
 眼を覚まし、自分の指を見ると、見たこともないような美しい指輪が光っていました。エカテリーナは非常に喜び、このときから心を一変して現世に惑わされることなく、常に彼女の霊魂は神の愛に満たされ、ただ天上の新郎たるハリストスのみを慕っていました。

 当時ハリスティアニンを最も残酷に処罰したマクシミアン帝がアレキサンドリヤ城を訪れ、異教の大祭を盛大に挙行しようと四方に使者を遣わして、布告しました。皇帝の命により諸城の人民は、それぞれ献げ物を携えてアレキサンドリヤ城に集まり、城中に満ちた頃偶像の祭を始めました。

 エカテリーナは、皇帝と人民の愚かな行為を見て悲しく思いましたが、気を取り直して数人の従者とともに偶像の神殿に入っていきました。ちょうど献祭の最中でした。

 祭に集まった人びとは彼女の美しさに驚き、息をのんで注目しました。
 それに気付いたマクシミアン帝は彼女に近づくことを許しました。
 彼女は帝の前に進み、ていねいに挨拶すると言いました。

 「我が王よ。あなたは卑しい偶像を拝んでいることを恥ずかしいと思わないのですか。世の学者が言うには、あなたが神と崇めているのは国家に功績のあった人の像だそうです。そのような偽りの神々は捨て、始めなく終わりない神の神を信じ、礼拝することです。真の神なくして世界列国の王は存在しません。

 神は私たち罪人を救うためにこの世に降って人体をとり、真の神の教えを伝え、遂に十字架上で死なれて私たち罪人を救ってくださいました。

 真の神はこのような方なのですから、異教の神々のように献げ物など喜ばず、犠牲を楽しむこともありません。ただ私たちが聖なる戒めに従い、行うことを望んでおられるのです」

 皇帝はエカテリーナの言葉を聞いて激怒しそうになりましたが、かろうじて押さえ「後日また語り合おう」とだけ言って彼女を下らせ、なおも偶像の祭を続けさせたのでした。

 偽教の祭典が終わった後、皇帝は再びエカテリーナを召しましたが、彼女の絶世の美貌に驚き、思わず「名を何という。誰の娘で何の宗教を信じているのだ」と問いました。
 エカテリーナは静かに答えました。

 「私はエカテリーナと申します。私の家はあなたの前のこの国の王家でした。私は世のすべての学問を学び、その空しさに気付きました。そして今や私は、その昔預言者が『智恵者の智恵を滅ぼし、賢者の賢さを空しくさせる者』と賞した、主イイスス・ハリストスの新婦となりました。

 私の肉体は塵と同様です。しかしこのような私にさえ美しい顔を恵み、智恵を与えたことによって、この世の人びとにご自身の全能を示されました。

 これに比べてあなたの崇拝する神々の、なんと卑しいことでしょう。全くの偽教であり、あなたがたを罪に沈めるだけです」

 皇帝は大いに怒り「お前は栄えある我らの神々を冒涜するのか」と声を荒らげました。
 エカテリーナは屈せず答えました。

 「皇帝陛下。あなたがもしご自身のまわりの黒雲を払い去ろうと思うなら、神々の偽りを悟り、真の神を認識することです」

 皇帝はエカテリーナと論争を続けることを避けようとして、「王たる者は婦女子と争うものではない。そこで私は智恵者・学者を国中から集め、お前と議論させよう」と言いました。

 こうしてエカテリーナは捕らえられ、皇帝の命により全国から学者が集められました。皇帝は学者達に彼女の過ちを証明させ、神々を礼拝させようと考えたのでした。

 招かれた学者は五十人以上にのぼり、人民もこの宗教論争を聞こうと、ぞくぞくと集まりました。

 エカテリーナは皇帝に召されましたが、泰然とそれに応じました。なぜなら、これより先に神使長ミハイルが彼女に現れ「全能の神は、あなたに学者達を論破する力を授け、さらに群衆をキリスト教に改宗させることを約束された」と告げたからでした。

 エカテリーナが皇帝のもとへ行くと、直ちに議論が始まり、学者らは異教の神々の正しさを証そうとしました。温和なエカテリーナはまず相手の主張を聞いた後、哲学者と詩人の言葉を引用して神々の偽りを示し、次いで哲学者・詩人の書を引いて、彼らが真の神の教えが現れると預言した部分を示し、さらに会衆にイイスス・ハリストスについて教えようとして言いました。

 「主は罪ある者をも愛し、悔やむ者の罪を赦してくださいます。

 主は言われました。『疲れた者、重荷を負う者よ。私のもとに集いなさい。あなたがたに安息を与えよう』と。

 今、私はあなたがたにお願いします。どうか偽りの神々を捨て、真の神の信じて救贖を得る人となってください」

 学者らはエカテリーナの熱心かつ明確な答弁に舌を巻き、とても反論出来ないと考えて議論を中断してしまいました。
 帝はその弱腰に怒り、死刑にすると嚇かしましたが、彼らは逆にエカテリーナの説く真の神を信じ、また神のために苦しみを受けて死ねば、その苦しみが彼らにとって洗礼となり、天国に行けると聞いたので、皆喜び勇んで主イイススのために致命していきました。

 学者らの致命を見ても皇帝は悟らず、また処女エカテリーナを自分のものにしたいという気持ちも断ち切れませんでした。

 そこで方法を変え、自分の妻となるならローマ帝国の半分をお前に与えようと約束しました。しかし彼女の心は少しも動かず、「私にとって皇后の衣服をつけるよりも、致命者の衣を着る方がはるかに喜ばしいことです」と言って従いませんでした。

 帝は今度は極刑に処すと嚇かしましたが、少しもひるまず「私を苦しめることは、多くの人びとが天国の幸いに授かるということです。私は喜んで苦しみを受けましょう」と宣言したのでした。

 帝は直ちに鞭打ちを命じ、エカテリーナは文字通り満身(まんしん)創痍(そうい)のありさまで獄舎につながれてしまいました。

皇帝は長くエカテリーナを幽閉し、飢えと渇きで彼女を苦しめようとしましたが、主は絶えず彼女に恵みを与えられました。例えば毎日鳩を遣わして食物を与え、また彼女の信仰を固めるために奇蹟をもって眼前に現れ、慰め助けたのでした。

ある日のこと、主イイスス・ハリストスが天の軍勢に守られて彼女の前に現れて言いました。

「エカテリーナよ。恐れることはない。私はいつもあなたとともにいるのです。ですから不屈の精神をもって多くの人を私のもとに帰すよう努力しなさい」

しばらくすると、皇帝は国事でアレキサンドリヤを去りました。

皇后アウグスタは、エカテリーナの容姿の美しさと聡明さを伝え聞いており、一度自分のもとに招きたいものだと思っていました。そしてある夜不思議な夢を見てからは、ますますその思いがつのり、側近の百夫長ポルヒリイに頼んで彼女を招くことにしました。その夢とは、美しい白衣を着て、美しい少年少女に囲まれたエカテリーナがアウグスタを招き、頭に黄金の冠を被らせて「アウグスタよ、天地の主ハリストスがこの冠をあなたに贈られました」と言って微笑んだのでした。

皇后は夢のことをポルヒリイに語り、「エカテリーナを実際に見ないと気がすまない」と言いました。そこでポルヒリイはエカテリーナを連れて来ることを約束して自分の家に帰りました。

ある夜のこと、百夫長ポルヒリイは自ら皇后アウグスタを聖エカテリーナの繋がれた獄舎に導きました。その時、聖エカテリーナの顔は光り輝いたので、皇后は怖れて彼女の足下に伏し、「私はあなたのお顔を拝し、大いなる幸福を感じています。今や私は、たとえ皇后の地位や自分の生命を失ったとしても、何の悔いもありません。あなたは天地の造り主なる神に親しみ、奇蹟をも行う力を受けた方です。あなたこそ、本当に至福にして讃美に価するお方です」と言いました。
するとエカテリーナは答えました。

「皇后よ。あなたもまた至福に価する方です。 私はあなたが神からの金冠を被ったことを知っています。あなたも一時の苦しみを受けることによって金冠を授けられ、限りない天国の幸いに預かり、神のおそばに行くことを赦されたのです」

皇后は苦難、特に残酷極まる自分の夫を怖れていると告白すると、エカテリーナは力づけて言いました。

「主イイスス・ハリストスは、常にあなたとともにおられます。一時の身体の苦しみを忍べば必ず天国に行き、永遠の平安を得るのです」

ポルヒリイはずっとふたりの会話を聞いていましたが、ふいにエカテリーナに「ハリストスは、信ずる者に何を与えてくださるのでしょう。私はたった今から、主の兵士となりたいのです」と尋ねました。

エカテリーナが逆に、ハリストスの教えを聞いたことがないのですかとたずねると、彼は申し訳なさそうに、自分は幼い頃から軍事にのみ心を労した、剛勇だけが取り柄の軍人です、と言いました。

そこでエカテリーナはポルヒリイとともに集まった兵士達にキリスト教の要理を説き、仁慈にして人を愛する神は、ご自分を愛する者と、み旨に従う者のために天国の門を開いてくださると述べました。

皇后アウグスタをはじめ、百夫長ポルヒリイとその兵士達はその教えを聞いてハリストスを信じ、聖エカテリーナに別れを告げて、おのおのの家に帰ったのでした。

しばらくして皇帝は再びアレキサンドリヤに戻り、エカテリーナを獄舎から引き出しましたが、彼女の容貌は少しも衰えず、かえって以前より美しく輝くようでした。

皇帝は不審に思い、彼女に投獄され飢え渇いていたはずなのにどうして衰えていないのか詰問するとともに、獄舎の番兵が食物を与えていたのではないかと疑い、これを処罰しようとしました。

聖エカテリーナは帝に答えて言いました。
「私は誓って獄舎の中で人の手に養われたのではありません。神自ら私を養ってくださったのです」

そこで皇帝は、またも彼女の心を奪おうと、優しい言葉で誘いました。
「エカテリーナよ。お前の美貌、知性と教養は、我らの神アルテミタにも勝るものがある。お前は空しくその美貌を失ってもよいのか。私の言葉に従ってこの国を動かし、快楽を極めようではないか」

しかし彼女は「私の美しさなど、取るに足りません。人は塵より生じ、再び地に帰すからです」と答えました。

皇帝の苦心も空しく聖エカテリーナの心は微動だにしなかったので、帝は大いに怒り、憎悪はますますつのりました。鋭い剣のついた処刑用の車を持ち出し、彼女に示して言いました。
「われわれの崇拝する神々を拝まないなら、この刑具で世にも恐ろしい目にあわせてやる」

エカテリーナがその刑具を見ても恐怖の色を現さなかったので、帝はそれで酷く苦しめるように命令しました。兵士が刑を執行しようとすると、突然天空から天の軍勢が現れ、たちまち刑具を打ちこわしたので、エカテリーナは少しの傷も負いませんでした。

その様子をつぶさに目撃した群衆は大いに怖れおののいて「ハリスティアニンの神のなんと偉大なことか!」と口々に呼ばわったのでした。

皇后アウグスタはその声を聞くと宮中から走り出て、大声で皇帝の非を責めたので皇帝は怒り、こともあろうに自分の妻に対して死刑を宣告したのでした。

 皇后アウグスタは死に臨む時、聖エカテリーナに対し「全能の神の(はしため)よ、私のために祈ってください」と言いますと、エカテリーナは答えました。
「安心して逝きなさい。あなたは天国に入り、限りない平安を約束されているのですから」

アウグスタは心安らかに致命しました。

百夫長ポルヒリイは、その夜ハリストスを信じる兵士らとともに皇后の遺体を葬り、皇帝の前に進み出て、彼らもまたハリスティアニンであることを述べ、帝が死刑を宣告するのを聞くと一同大いに喜び、ハリストスのために致命していきました。
翌日、皇帝はもう一度エカテリーナを召して言いました。
「お前は大きな罪を犯した。お前は私の妻を失わせたのみならず、勇敢な兵士を多数滅ぼし、また人民の心を惑わしたのだ。しかしお前を殺すのは、あまりに忍びない。神々を礼拝すれば、その罪をことごとく赦そうではないか」

帝は言葉を続け、「お前は私と一緒に全国を支配するのだ。どこの国の皇后も受けたことのない富と快楽とを、お前に与えよう」と優しく諭したのです。

しかしそんな虚言に惑わされるエカテリーナではありません。彼女はますます信仰を堅め、心が動く様子がありません。皇帝は、ここで初めて彼女の信仰の堅さを悟り、万策尽きて死刑を命じたのでした。

かくして聖エカテリーナは刑場に引き出されました。その時多くの人が彼女に従い、処刑を悲しんで涙を流しました。

ことに彼女と同年代の女性は、その知性と美貌を惜しみ、どうか帝の命令に従うようにと勧めました。

彼女はその声に答えて言いました。

「どうか私の死を悲しまないでください。今日私は主イイスス・ハリストスにお会い出来るのですから。主は私のような卑しい者をも天国の幸いに預からせてくださるのです。

それよりも自分自身の不幸を嘆きなさい。主イイスス・ハリストスを信じない者は、永遠に罪の淵に沈むからです」

聖エカテリーナは死に臨み、天を仰いで祈りました。

「主イイスス・ハリストスよ。あなたは私を堅い信仰の岩に立たせ、また正しい道を示してくださいましたことを感謝します。

どうか私を献げ物として、私の霊を受けてください。また私が知らないうちに犯した多くの罪をお赦しください。あなたが十字架上で流された尊血をもって、私の罪をお赦しください。

そして主よ。私が刃に倒れた時は、どうか私の(むくろ)を敵の目にさらさないようお願いいたします。

 天にいます主よ、地上の罪人を顧み、彼らの心を開かせ、真の神を知らしめてください。私の死をもって多くの人に主を知る機会となし、あなたの大いなる憐れみと威光とを示してください」

エカテリーナが祈祷を終わると同時に刑は執行され、永眠したのでした。

伝説によれば、その時天使が現れて聖エカテリーナの遺体をシナイ山に運んでいったということです。またエカテリーナ致命から200年余り後、シナイ山の修道士が彼女の首と手を発見し、その不朽体を修道院の聖堂内に安置したと言われています。

 紀元2世紀末、ローマ皇帝マクシミアンの時代、アレキサンドリヤ城にエカテリーナという貴族の娘がいました。その母はハリスティアニンでしたが、当時キリスト教は迫害されていたので、迫害を恐れて信仰を深く秘めていました。処女(おとめ)エカテリーナは容姿端麗、聡明で哲学に秀で、詩歌の教養も深く、また医学にも練達していたので、十八歳の頃からその名を世に広めていました。彼女の容姿と教養が有名だったので、ローマ帝国中の青年貴族はこぞって求婚しました。彼女の母や親族は、良縁があれば嫁ぐようすすめましたが、決して首を縦に振りませんでした。エカテリーナに求婚したひとりの貴族は、側近の者に彼女のすばらしさをこう洩らしたということです。

 「私の妻を探すなら、爵位・富・容貌・学識等が私と同等の女性を探すことだ。しかし、世の中にこれらをすべて備えた者は少ない。皇族の中には確かに名誉や富を持つ者はいる。だが美貌と聡明、博学を兼ね備えた女性はエカテリーナの他にはいないだろう」

 この頃アレキサンドリヤ城の近くの野に高徳な老修道士がいました。彼はエカテリーナの母の霊父だったので、母は自分の愛するひとり娘のことを相談しようと、エカテリーナを連れてそのもとへ行ったのでした。 老修道士はエカテリーナの聡明さを知り、真の神について学ばせようと考え、彼女に言いました。

 「私はひとりのすばらしい少年を知っています。あなたは色々な才能を持っているようですが、彼の方がすべて勝っています。

 その容貌は清らかで太陽のように輝き、その叡智は全世界を治めるに余りあるほどです。また富は、常に人びとに施し続けても少しも減ることがありません。そして彼の爵位に至っては、言葉が見つからない位です。天下に彼のような人がいるでしょうか」

 エカテリーナはこれを聞いて心が動き、姿勢を正して問いました。
 「本当にそのような人がいるのですか?」
 老修道士は言いました。
 「そうです。本当にいるのです。彼はこれらの才能の他にも、言葉では言い表せない美徳を兼ね備えています」

 エカテリーナは重ねて問いました。
 「あなたがそのように賞讃される方は、いったいどこのどなたなのですか」

 老修道士は答えて言いました。
 「その人は、地上には父はいません。奇蹟をもって至聖・至潔なる処女(おとめ)マリヤより生まれたからです。処女(おとめ)マリヤはご自身の至聖・至潔によって、その方の母となったのです。その後マリヤは永遠の魂を得て天に昇り、今や天の女帝の如く讃美されているのです」

 彼女はその話に()かれ、「私は高徳な方にお会いすることが出来るでしょうか」と問いますと、老修道士はんで言いました。 「私の言う通りにすれば会うことが出来るでしょう」

 そして生神女マリヤがハリストスを抱いたイコンを取り出し、エカテリーナに持って帰り、自分の部屋にかけて夜の明けるまでその前で祈るよう命じて言いました。
 「さっき私が話した人の母、処女(おとめ)マリヤのイコンです。熱い信仰心をもってマリヤに祈りなさい。至聖なるマリヤは、あなたの望みを満たして下さることでしょう」

 エカテリーナは老修道士と別れて家に帰ると、彼の言葉に従って自分の部屋で熱心に祈りを捧げていましたが、途中で疲れて眠り込み、奇妙な夢を見ました。
 夢の中にハリストスを抱いた生神女マリヤが現れ、エカテリーナの前に立ちました。マリヤに抱かれた幼な子からは、太陽のような光が四方に輝いていました。エカテリーナは幼な子の顔を見ようとしましたが、うつむいているためにどうしても見ることが出来ません。
 エカテリーナが困っていると、マリヤが幼な子の顔を向けさせようとして、エカテリーナの美しさを告げました。すると幼な子は母マリヤに答えました。

 「彼女は容貌も醜く、貧しい娘です。私の顔を見せるに値しません」

 マリヤが「ご自分の造ったものを悪く言わないでください。彼女はどうしたらあなたのお顔を見ることが出来るのでしょう。彼女に教えてあげてください」と言うと、幼な子は答えて言いました。
 「老修道士のもとへ行って、なすべきことを聞きなさい。彼の言葉に従い、それを行うならば、私の顔を見、私の栄光を飽きるほど受けられるでしょう」

 夢から覚めたエカテリーナは大いに心服して、夜明けとともに直ちに老修道士のもとへ行き、その足元に(ひざまず)いて教えを乞いました。
 老修道士は大いに喜んでハリストスの教えを説き明かし、天国の幸福と罪人の悲惨について語ったのでした。

 エカテリーナは、もとより博学・賢明な女性なので、すぐにキリスト教の真理を悟り、真理を信じ、遂に洗礼の機密を受けたのでした。
 かくしてエカテリーナは洗礼を受け、霊魂を更正し新たなる人として家に帰ると、神のみ前に伏して、今までの自分を悔いて祈りを捧げました。

 しばらく祈祷を続けていましたが、ついに疲れて眠ってしまいました。すると再び夢の中に神の母を見ました。しかし今度は幼な子イイススは、彼女に平安かつ光り輝く顔を向け、静かに愛に満ちた眼を注がれました。
 マリヤが「今のエカテリーナはあなたのみ旨にかなっていますか」と尋ねますと、ハリストスは答えて言いました。
 「この処女(おとめ)は、以前は貧しく愚かでしたが、今は最も美しく賢い女性となりました。私はこの処女(おとめ)を、今より永遠に私の妻にしたいと思います」
 彼女はその言葉を聞いてひれ伏して言いました。

 「尊貴なる主よ。私は卑しく不肖な者です。このような私があなたの国に入ることが出来ましょうか。けれど、願わくは私をあなたの(はしため)としてくださいますように」

 すると生神女マリヤがエカテリーナの右手を取り、ハリストスが彼女の指に指輪をはめて「地上において結婚しないように」と言われたのでした。
 眼を覚まし、自分の指を見ると、見たこともないような美しい指輪が光っていました。エカテリーナは非常に喜び、このときから心を一変して現世に惑わされることなく、常に彼女の霊魂は神の愛に満たされ、ただ天上の新郎たるハリストスのみを慕っていました。

 当時ハリスティアニンを最も残酷に処罰したマクシミアン帝がアレキサンドリヤ城を訪れ、異教の大祭を盛大に挙行しようと四方に使者を遣わして、布告しました。皇帝の命により諸城の人民は、それぞれ献げ物を携えてアレキサンドリヤ城に集まり、城中に満ちた頃偶像の祭を始めました。

 エカテリーナは、皇帝と人民の愚かな行為を見て悲しく思いましたが、気を取り直して数人の従者とともに偶像の神殿に入っていきました。ちょうど献祭の最中でした。

 祭に集まった人びとは彼女の美しさに驚き、息をのんで注目しました。
 それに気付いたマクシミアン帝は彼女に近づくことを許しました。
 彼女は帝の前に進み、ていねいに挨拶すると言いました。

 「我が王よ。あなたは卑しい偶像を拝んでいることを恥ずかしいと思わないのですか。世の学者が言うには、あなたが神と崇めているのは国家に功績のあった人の像だそうです。そのような偽りの神々は捨て、始めなく終わりない神の神を信じ、礼拝することです。真の神なくして世界列国の王は存在しません。

 神は私たち罪人を救うためにこの世に降って人体をとり、真の神の教えを伝え、遂に十字架上で死なれて私たち罪人を救ってくださいました。

 真の神はこのような方なのですから、異教の神々のように献げ物など喜ばず、犠牲を楽しむこともありません。ただ私たちが聖なる戒めに従い、行うことを望んでおられるのです」

 皇帝はエカテリーナの言葉を聞いて激怒しそうになりましたが、かろうじて押さえ「後日また語り合おう」とだけ言って彼女を下らせ、なおも偶像の祭を続けさせたのでした。

 偽教の祭典が終わった後、皇帝は再びエカテリーナを召しましたが、彼女の絶世の美貌に驚き、思わず「名を何という。誰の娘で何の宗教を信じているのだ」と問いました。
 エカテリーナは静かに答えました。

 「私はエカテリーナと申します。私の家はあなたの前のこの国の王家でした。私は世のすべての学問を学び、その空しさに気付きました。そして今や私は、その昔預言者が『智恵者の智恵を滅ぼし、賢者の賢さを空しくさせる者』と賞した、主イイスス・ハリストスの新婦となりました。

 私の肉体は塵と同様です。しかしこのような私にさえ美しい顔を恵み、智恵を与えたことによって、この世の人びとにご自身の全能を示されました。

 これに比べてあなたの崇拝する神々の、なんと卑しいことでしょう。全くの偽教であり、あなたがたを罪に沈めるだけです」

 皇帝は大いに怒り「お前は栄えある我らの神々を冒涜するのか」と声を荒らげました。
 エカテリーナは屈せず答えました。

 「皇帝陛下。あなたがもしご自身のまわりの黒雲を払い去ろうと思うなら、神々の偽りを悟り、真の神を認識することです」

 皇帝はエカテリーナと論争を続けることを避けようとして、「王たる者は婦女子と争うものではない。そこで私は智恵者・学者を国中から集め、お前と議論させよう」と言いました。

 こうしてエカテリーナは捕らえられ、皇帝の命により全国から学者が集められました。皇帝は学者達に彼女の過ちを証明させ、神々を礼拝させようと考えたのでした。

 招かれた学者は五十人以上にのぼり、人民もこの宗教論争を聞こうと、ぞくぞくと集まりました。

 エカテリーナは皇帝に召されましたが、泰然とそれに応じました。なぜなら、これより先に神使長ミハイルが彼女に現れ「全能の神は、あなたに学者達を論破する力を授け、さらに群衆をキリスト教に改宗させることを約束された」と告げたからでした。

 エカテリーナが皇帝のもとへ行くと、直ちに議論が始まり、学者らは異教の神々の正しさを証そうとしました。温和なエカテリーナはまず相手の主張を聞いた後、哲学者と詩人の言葉を引用して神々の偽りを示し、次いで哲学者・詩人の書を引いて、彼らが真の神の教えが現れると預言した部分を示し、さらに会衆にイイスス・ハリストスについて教えようとして言いました。

 「主は罪ある者をも愛し、悔やむ者の罪を赦してくださいます。

 主は言われました。『疲れた者、重荷を負う者よ。私のもとに集いなさい。あなたがたに安息を与えよう』と。

 今、私はあなたがたにお願いします。どうか偽りの神々を捨て、真の神の信じて救贖を得る人となってください」

 学者らはエカテリーナの熱心かつ明確な答弁に舌を巻き、とても反論出来ないと考えて議論を中断してしまいました。
 帝はその弱腰に怒り、死刑にすると嚇かしましたが、彼らは逆にエカテリーナの説く真の神を信じ、また神のために苦しみを受けて死ねば、その苦しみが彼らにとって洗礼となり、天国に行けると聞いたので、皆喜び勇んで主イイススのために致命していきました。

 学者らの致命を見ても皇帝は悟らず、また処女エカテリーナを自分のものにしたいという気持ちも断ち切れませんでした。

 そこで方法を変え、自分の妻となるならローマ帝国の半分をお前に与えようと約束しました。しかし彼女の心は少しも動かず、「私にとって皇后の衣服をつけるよりも、致命者の衣を着る方がはるかに喜ばしいことです」と言って従いませんでした。

 帝は今度は極刑に処すと嚇かしましたが、少しもひるまず「私を苦しめることは、多くの人びとが天国の幸いに授かるということです。私は喜んで苦しみを受けましょう」と宣言したのでした。

 帝は直ちに鞭打ちを命じ、エカテリーナは文字通り満身(まんしん)創痍(そうい)のありさまで獄舎につながれてしまいました。

皇帝は長くエカテリーナを幽閉し、飢えと渇きで彼女を苦しめようとしましたが、主は絶えず彼女に恵みを与えられました。例えば毎日鳩を遣わして食物を与え、また彼女の信仰を固めるために奇蹟をもって眼前に現れ、慰め助けたのでした。

ある日のこと、主イイスス・ハリストスが天の軍勢に守られて彼女の前に現れて言いました。

「エカテリーナよ。恐れることはない。私はいつもあなたとともにいるのです。ですから不屈の精神をもって多くの人を私のもとに帰すよう努力しなさい」

しばらくすると、皇帝は国事でアレキサンドリヤを去りました。

皇后アウグスタは、エカテリーナの容姿の美しさと聡明さを伝え聞いており、一度自分のもとに招きたいものだと思っていました。そしてある夜不思議な夢を見てからは、ますますその思いがつのり、側近の百夫長ポルヒリイに頼んで彼女を招くことにしました。その夢とは、美しい白衣を着て、美しい少年少女に囲まれたエカテリーナがアウグスタを招き、頭に黄金の冠を被らせて「アウグスタよ、天地の主ハリストスがこの冠をあなたに贈られました」と言って微笑んだのでした。

皇后は夢のことをポルヒリイに語り、「エカテリーナを実際に見ないと気がすまない」と言いました。そこでポルヒリイはエカテリーナを連れて来ることを約束して自分の家に帰りました。

ある夜のこと、百夫長ポルヒリイは自ら皇后アウグスタを聖エカテリーナの繋がれた獄舎に導きました。その時、聖エカテリーナの顔は光り輝いたので、皇后は怖れて彼女の足下に伏し、「私はあなたのお顔を拝し、大いなる幸福を感じています。今や私は、たとえ皇后の地位や自分の生命を失ったとしても、何の悔いもありません。あなたは天地の造り主なる神に親しみ、奇蹟をも行う力を受けた方です。あなたこそ、本当に至福にして讃美に価するお方です」と言いました。
するとエカテリーナは答えました。

「皇后よ。あなたもまた至福に価する方です。 私はあなたが神からの金冠を被ったことを知っています。あなたも一時の苦しみを受けることによって金冠を授けられ、限りない天国の幸いに預かり、神のおそばに行くことを赦されたのです」

皇后は苦難、特に残酷極まる自分の夫を怖れていると告白すると、エカテリーナは力づけて言いました。

「主イイスス・ハリストスは、常にあなたとともにおられます。一時の身体の苦しみを忍べば必ず天国に行き、永遠の平安を得るのです」

ポルヒリイはずっとふたりの会話を聞いていましたが、ふいにエカテリーナに「ハリストスは、信ずる者に何を与えてくださるのでしょう。私はたった今から、主の兵士となりたいのです」と尋ねました。

エカテリーナが逆に、ハリストスの教えを聞いたことがないのですかとたずねると、彼は申し訳なさそうに、自分は幼い頃から軍事にのみ心を労した、剛勇だけが取り柄の軍人です、と言いました。

そこでエカテリーナはポルヒリイとともに集まった兵士達にキリスト教の要理を説き、仁慈にして人を愛する神は、ご自分を愛する者と、み旨に従う者のために天国の門を開いてくださると述べました。

皇后アウグスタをはじめ、百夫長ポルヒリイとその兵士達はその教えを聞いてハリストスを信じ、聖エカテリーナに別れを告げて、おのおのの家に帰ったのでした。

しばらくして皇帝は再びアレキサンドリヤに戻り、エカテリーナを獄舎から引き出しましたが、彼女の容貌は少しも衰えず、かえって以前より美しく輝くようでした。

皇帝は不審に思い、彼女に投獄され飢え渇いていたはずなのにどうして衰えていないのか詰問するとともに、獄舎の番兵が食物を与えていたのではないかと疑い、これを処罰しようとしました。

聖エカテリーナは帝に答えて言いました。
「私は誓って獄舎の中で人の手に養われたのではありません。神自ら私を養ってくださったのです」

そこで皇帝は、またも彼女の心を奪おうと、優しい言葉で誘いました。
「エカテリーナよ。お前の美貌、知性と教養は、我らの神アルテミタにも勝るものがある。お前は空しくその美貌を失ってもよいのか。私の言葉に従ってこの国を動かし、快楽を極めようではないか」

しかし彼女は「私の美しさなど、取るに足りません。人は塵より生じ、再び地に帰すからです」と答えました。

皇帝の苦心も空しく聖エカテリーナの心は微動だにしなかったので、帝は大いに怒り、憎悪はますますつのりました。鋭い剣のついた処刑用の車を持ち出し、彼女に示して言いました。
「われわれの崇拝する神々を拝まないなら、この刑具で世にも恐ろしい目にあわせてやる」

エカテリーナがその刑具を見ても恐怖の色を現さなかったので、帝はそれで酷く苦しめるように命令しました。兵士が刑を執行しようとすると、突然天空から天の軍勢が現れ、たちまち刑具を打ちこわしたので、エカテリーナは少しの傷も負いませんでした。

その様子をつぶさに目撃した群衆は大いに怖れおののいて「ハリスティアニンの神のなんと偉大なことか!」と口々に呼ばわったのでした。

皇后アウグスタはその声を聞くと宮中から走り出て、大声で皇帝の非を責めたので皇帝は怒り、こともあろうに自分の妻に対して死刑を宣告したのでした。

 皇后アウグスタは死に臨む時、聖エカテリーナに対し「全能の神の(はしため)よ、私のために祈ってください」と言いますと、エカテリーナは答えました。
「安心して逝きなさい。あなたは天国に入り、限りない平安を約束されているのですから」

アウグスタは心安らかに致命しました。

百夫長ポルヒリイは、その夜ハリストスを信じる兵士らとともに皇后の遺体を葬り、皇帝の前に進み出て、彼らもまたハリスティアニンであることを述べ、帝が死刑を宣告するのを聞くと一同大いに喜び、ハリストスのために致命していきました。
翌日、皇帝はもう一度エカテリーナを召して言いました。
「お前は大きな罪を犯した。お前は私の妻を失わせたのみならず、勇敢な兵士を多数滅ぼし、また人民の心を惑わしたのだ。しかしお前を殺すのは、あまりに忍びない。神々を礼拝すれば、その罪をことごとく赦そうではないか」

帝は言葉を続け、「お前は私と一緒に全国を支配するのだ。どこの国の皇后も受けたことのない富と快楽とを、お前に与えよう」と優しく諭したのです。

しかしそんな虚言に惑わされるエカテリーナではありません。彼女はますます信仰を堅め、心が動く様子がありません。皇帝は、ここで初めて彼女の信仰の堅さを悟り、万策尽きて死刑を命じたのでした。

かくして聖エカテリーナは刑場に引き出されました。その時多くの人が彼女に従い、処刑を悲しんで涙を流しました。

ことに彼女と同年代の女性は、その知性と美貌を惜しみ、どうか帝の命令に従うようにと勧めました。

彼女はその声に答えて言いました。

「どうか私の死を悲しまないでください。今日私は主イイスス・ハリストスにお会い出来るのですから。主は私のような卑しい者をも天国の幸いに預からせてくださるのです。

それよりも自分自身の不幸を嘆きなさい。主イイスス・ハリストスを信じない者は、永遠に罪の淵に沈むからです」

聖エカテリーナは死に臨み、天を仰いで祈りました。

「主イイスス・ハリストスよ。あなたは私を堅い信仰の岩に立たせ、また正しい道を示してくださいましたことを感謝します。

どうか私を献げ物として、私の霊を受けてください。また私が知らないうちに犯した多くの罪をお赦しください。あなたが十字架上で流された尊血をもって、私の罪をお赦しください。

そして主よ。私が刃に倒れた時は、どうか私の(むくろ)を敵の目にさらさないようお願いいたします。

 天にいます主よ、地上の罪人を顧み、彼らの心を開かせ、真の神を知らしめてください。私の死をもって多くの人に主を知る機会となし、あなたの大いなる憐れみと威光とを示してください」

エカテリーナが祈祷を終わると同時に刑は執行され、永眠したのでした。

伝説によれば、その時天使が現れて聖エカテリーナの遺体をシナイ山に運んでいったということです。またエカテリーナ致命から200年余り後、シナイ山の修道士が彼女の首と手を発見し、その不朽体を修道院の聖堂内に安置したと言われています。