名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

敬虔なる軍隊長 「聖イオアン」

 聖イオアンは4世紀のキリスト教迫害者・ユリアン帝の時の軍隊長でした。

 ユリアン帝は幼い頃からキリスト教の教育を受けたが、皇帝に即位するとたちまちみ教えに背き、熱心に偶像に奉事する者となってしまいました。それと同時にキリスト教を全滅させることに全力を注ぎました。彼は異教の儀礼に従わない者を死刑に処し、キリスト教の学校を閉校させ、そして聖堂をことごとく破壊してゆきました。

 ある時、皇帝はとある地方に正教徒がたくさん住んでいることを聞いて、それを迫害するために軍隊を派遣しました。ところが、その軍隊長は聖イオアンでした。つまり、ユリアン帝はイオアンが熱心な正教徒であることを知らなかったのです。・・・・・・イオアンは目的地に着くと、密かに正教徒に食物や衣類、金品等を与えて逃がそうとしましたが、これらの甲斐もなく自らの部下によってみな捕まってしまいました。そのため、イオアンは密かに獄舎に行き、彼らに向かって、

 「・・・現世の悲しみや苦しみはその信者のために天国へ備えられる報酬と思えば、何も大したことではないのです。」

と励ましました。

 そして、兄弟たちの苦しみを少しでも軽くするためにイオアンは神に祈り、自らの身の危険を顧みず、力の及ぶ限り彼らを助けました。

 そのため、まもなくイオアンは捕らえられ、裁判にかけて処刑するために都に召されてしまいました。イオアンは重い鎖で縛られて護送されたが、その途中、異教徒である兵卒たちは彼に多くの苦難を与えました。

 こうしてイオアンがコンスタンチノープルに着くと、皇帝はペルシャ人との戦いのために出陣していて都におりませんでした。そのため、兵卒はイオアンを獄舎に繋いで皇帝が帰って来るのを待ちました。そのため、イオアンは獄舎にあって忍び難い程の苦難を受けました。・・・・・・イオアンはただひたすら神に祈りました。するとある時、彼の耳にかすかな声が聞こえて来ました。

 「・・・・・・イオアンよ、あなたは何を苦しみ何を待っているのですか?・・・・・・あなたは皇帝の命令に従わないために、恐るべき苦しみを受け、死刑に処せられようとしています。・・・・・・けれども、あなたがもし皇帝に従い、偶像を拝してこの世の幸福を送る、といった誘惑にかられたならば、ただ、祈祷をもってそれを払いのけなさい!」

 これを聞いたイオアンは、

 「主よ!あなたは私の弱きを充分ご存じです。ですからどうぞ私をお助け下さい!今、私は激しい誘惑にかられております。ですから主よ!私をお守り下さい!もし、あなたが私をお助け下さらなければ、私は自分で立ち上がることさえ出来ないのです。」

と叫びました。

 すると、主はイオアンのこの願いを聞き入れて、彼に力をお与えになりました。こうしてイオアンは誘惑に打ち勝ち、その心は喜びに満たされました。そして主に向かって、

 「万物を造り、その深い慈しみをもって私に生命を賜う主を私は信じます。私はあなたを愛するがゆえに、この世に於いてのあらゆる苦難を耐え忍びます。」

と叫びました。

 イオアンは数ヶ月もの間、獄舎に繋がれておりました。そのため、兵卒はハリストスのために獄舎に繋がれている者に残虐なる苦難を与えながら皇帝の帰還を待ちました。

 するとある日、ユリアン帝の死を告げる訃報が届きました。そのため、イオヴィアンがその後を継いで皇帝に即位しました。彼は正教に熱心な人だったので皇帝になるとすぐさま国家の制度を改革し、正教徒の囚人を解放し、流刑に処されていた主教を呼び戻し、そしてユリアン帝が制定した法律を改めました。

 この時、イオアンもまた解放されました。かれは一度苦しみによって試みを受けたので、これよりますます熱心に主に奉事し、自らの生命を神と隣人のために献じました。そして、自分の持ち物をことごとく困っている人びとに分け与え、常に貧しい人や病に苦しむ人を主の教えに導きながら励ましました。

 彼はそういった人びとに向かって、

 「至愛なる者よ、今あなたが受けている苦しみを堪え忍びなさい。主は慈しみ深い方です。・・・・・・主は父親のように、あなたがたの利益のためにあらゆることをして下さいます。ですから、主の聖物を賜わるような、主に愛される者となりなさい。・・・・・・嵐のあとに、空が晴れるように、悲しみのあとには喜びが来るでしょう。けれども、たとえ喜びや平安な日々が来ても、決して以前の悲しみや苦しみを忘れないで、主に於ける愛をもって心を固めて堅く主の戒めを守りなさい。」

と教え諭しました。

 聖イオアンは老年に及んで安らかに永眠しました。彼はその死の直前に、常に心より愛していた乞食たちの墓場に自らの死体を葬ることを願い出ていたので、人びとはその願い通りに彼の死体を葬りました。

 その後暫く経って、多くの人が聖イオアンの墓を忘れてしまった頃、ある敬虔なひとりの女性が神の使いに導かれて聖イオアンの遺骨を「神学者聖イオアン」聖堂に安置しました。 

                                                       (おわり)