名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

義人聖イオシフ

 福音書には聖イオシフについて「義人(正しい人)」、「大工」、「ダビイドの血筋の人」として記録されています。教会は「イイススの養父」、「生神女マリアの浄配(神の母処女マリアの夫)」として尊敬します。マリアが讃えられ、美しく描かれ崇められているのに、聖像(イコン)のなかのイオシフは片隅で遠慮がちに、もの思いにふける姿をしています。しかし、イオシフに負わされた仕事は決して生やさしいものではありませんでした。波乱に満ちた人生がイオシフを待ちうけていたのです。

 イオシフは正直で信仰の篤(あつ)い人でしたが、さまざまに思いめぐらした末にことを運ぶ人ではありませんでした。そこでことあるごとに「主の使い」が夢に現れて、イオシフになすべきことを告げました(マトフェイ福音書1の20、2の13、19、22)。その命令におそらく戸惑いながら従順にこたえ、一つ一つ、着実に務めをはたしていきました。

 ある日、イオシフはマリアから思いがけないことを知らされ、驚きにうちのめされます。婚約中のマリアに子供ができたというのです。しかも、それは神が旧約の時代から約束されていた、「救い主の誕生」の時が来たこと、つまり神のみ心によってマリアが“神の母”となるように選ばれているという知らせでした。聖神(=聖霊)の働きによって、マリアの胎内には「神のみ子」が宿っていたのです。この驚きに加えて、この噂が広がったときに自分が受ける(はずかし)めを思う時、さらにマリアが無理解な世間の人々から、ふしだらな女として石で打たれるかもしれない危険を考えてみれば、イオシフは思い悩まずにはいられませんでした。そして、マリアとの婚約の解消を思い立ちます。こうした苦しみの中にイオシフは『神の示し』を受けました。神がお召しになったマリアを妻としていれるように天使が告げた、と福音書マトフェイは記しています。神はその「独り子」を世に遣わすにあたって、母となるマリアとともに、いわば養父として保護者の役目を果たすイオシフを選ばれました。このイオシフのような思慮深い協力者があってこそ、マリアは「救い主の母」としての大任を立派に果たすことができたのです。

 イオシフはマリアを妻として迎えました。母と子の保護者として、またマリアと協力して、この子を世に送り出す使命を負ったのでした。こうして終生処女であった生神女マリアの配偶者として、イオシフは“神のみ(わざ)”の遂行に、重要な役割を果たすことになりました。

 ガリラヤのナザレに住んでいたイオシフは、身ごもっていたマリアとともに、ユダヤのベツレヘムに旅行します。福音書ルカによれば、ローマ皇帝アウグストの勅令に基づく人口調査の際の登録のためでした。そこでマリアの産み月が満ちて、イイススが生まれます(ルカ福音書2の1~7、16)。ついでマリアとイオシフは幼児を抱いてエルサレム神殿に行き、旧約に定められた犠牲をささげました(ルカ福音書2の22~38)。

 羊飼いが告げた天使たちの歌声も、また異国から来た三人の博士が捧げた贈り物にしても、イオシフを当惑させることであったかもしれません。やっと一息ついた時に、再び神の使いが現れて「エジプトに逃げなさい」と命じました。生まれて間もない幼児と、産後まだ日の浅い妻を連れて、暑い砂漠の旅をすることは大変なことです。しかし、イオシフは「立って、夜の間に」出発しました。朝まで待ちませんでした。イオシフは神のことばが与えられた時に(ただ)ちに行動を起こしたのです。神の命令にすぐ服従したのでした。

 このイオシフの従順、決断によって幼児イイススはイロドの虐殺から逃れることができました。マリアとイイススを連れてエジプトへ行き、異郷の地でイロドの死までの時を過ごします(マトフェイ福音書2の13~15)。そしてイロドの死後、またエルサレムへの長い旅をしなければなりませんでした。しかし、アルヘライがその父イロドを継いでユダヤを治めていると聞き、危険を避けてそこからさらにガリラヤ地方のナザレまでまた旅を続けます。そして最後にやっとそこに落ち着くことができました。このように、イオシフは幼いイイススの生命を守るために、安全な場所を求めて旅をしたのです。

 この頃の旅行がどんなに不便で危険に満ちたものであったかを考えただけでも、イオシフの心労が思いやられます。これらの旅行についてはいつも神の指示がイオシフになされたことに気付きます。すべてをイオシフに任せ、その責任のもとにすべてが成し遂げられるように・・・・・・それが『神のみ旨』でした。

 「イイススの公生活」開始後のイオシフについての消息は聖書の中に見あたりません。イイススの保護と養育という重大な仕事をなし終えて神に召されたものと考えられます。いつ頃世を去ったのかは明らかではありませんが、その頃にはイイススがすでに成人し、その労働によって母マリアとご自身の生活を支えていくことができるようになってからのことでしょう。イイススは公生活の時に人々から「イオシフの子」(ルカ福音書3の23、4の22、イオアン福音書1の45、6の42)とか、「大工の子」(マトフェイ福音書13の55)と呼ばれていることからも想像できます。

 聖書のできごとに「もし・・・・・・だったら」と考えるのは無意味なことですが、神からの思いがけない「示し」を受けたイオシフが「なぜ」とか「しかし」とか言ってためらったり、あるいは(つぶや)いていたりしたら、この大任が果たせただろうか、と考えさせられます。ただ黙って神の命令に従うこと、これが信仰の服従であり忠実さです。「わたしに従ってきなさい」とのみことばに対して口実を設けてはなりません。一瞬のためらいも許されないのです。神の()心であれば、後を振り向かずに直ちに行動を起こしたいものです。

 聖イオシフはクリスマスに忘れられがちな人物です。しかし、聖イオシフの信仰的な態度、従順、勇気、決断、そして思慮深さは忘れられてはならないものです。困難の中で神にこたえ、勇気をもって「服従の歩み」を続けた聖イオシフにならいたいと思います。