名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

聖アドリアンと聖ナタリア

 ローマの皇帝マクシミアンはある時、ニコミディア地方に赴き、そこに住む正教徒をひとり残らず裁判にかけるように命令しました。そして、その命令に従う者には賞金を与え、正教徒をかくまったり逃したりした者は厳重に処罰しました。そのため、異教人は進んで正教徒を皇帝の前にひき連れて来ました。
 ある日、マクシミアンの兵卒はある人の通報によって、洞窟に隠れていた二十三人の正教徒を捕らえました。そして彼らを皇帝の前に突き出そうとしたところ、皇帝は丁度偶像に祭を献ずるために神殿に入ろうとしているところでした。そこで兵卒はその途中で皇帝を迎え、捕らえた正教徒を皇帝の前に出して、
 「この者たちはあなたの命令に背き、私たちの諸神を拝さない者たちです。」
と言いました。
 皇帝は馬車を止めて、自ら彼らに問い正したところ、皆、少しも怖れることなく平然と、自らの信仰をあらわしました。そこで、皇帝は彼らに向かって重い刑罰に処する旨を伝えて威嚇しました。けれども、彼らは、
 「イイスス・ハリストスのために苦しみを受けることは怖ろしくありません。」
と答えました。
 すると、マクシミアンは激しく憤り、
 「この者どもを激しく鞭で打て!」
と命じました。
 正教徒たちは天国の不死の栄冠を得るために、この拷問を忍び受けました。
 マクシミアン帝はそんな彼らを見おろしながら、
 「無知な者たちよ……私にはお前たちを死刑に処することも出来るのだぞ!それでも、お前たちは栄冠を戴くことが出来るというのか?……さあ、早く偽教を捨てろ!自分の命をそんなに粗末にするものではない……。」
と言いました。
 けれども正教徒たちは皇帝に屈しませんでした。すると、皇帝は石で彼らの口を激しく打つように命じながら、
 「これでもお前たちの神を捨てなければ、さらに重い苦しみを与えようぞ!」
と威嚇しました。
 すると、彼らはますますハリストスを讃美しながら、
 「あなたがもし、自らの悪い行いを改めなければ、あなたはきっと神の怒りに触れるでしょう。」
と、かえって皇帝を威しました。
 これを聞いたマクシミアン帝は、
 「私は今、部下に命じてお前たちの舌を抜くだろう……。」
と言いました。
 正教徒たちはこれに答えて、
 「あなたがもし、神を讃美する私たちの舌を抜いたとしても、私たちの息吹はなお神に達し、私たちの心は神を呼び、あなたが流そうとしている私たちの血はラッパの声のように私たちが罪もなく苦しみを受けていることを至善者に報じるでしょう。」
と言いました。
 ……こうしてマクシミアン帝は正教徒たちを厳しい拷問にかけましたが、彼らは殆ど息も絶え絶えになりながらもハリストスのみ教えを捨てませんでした。そのため、皇帝は彼らを死刑に処することにし、期日が来るまで彼らを獄舎に繋いでおくように命じました。そして、死刑に処する者の名前を記録するために、彼らを先ず裁判所に連れて行きました。

 裁判官の中に、家柄の正しい、とても裕福な異教人のアドリアンという人がいました。彼は正教徒たちの毅然とした態度や堅い信仰心に驚き、暫く彼らと語り合いました。そして彼らに向かって、
 「あなたがたの神の名によって、真実を私に告げて下さい。あなたがたはあなたがたの神から、どのような報酬を望めるのですか?なぜならば、あなたがたがあのような残虐な苦難を忍び受けられたのは、必ず何か不可思議な報いを得ることを望んでいるからに遵いないからです。」
と質問しました。
 正教徒たちはそれに答えて、
  「主がその奉事者に約束し賜う喜びは、私たちの口からお伝えすることは出来ません。また、あなたの耳もそれを聞くことは出来ず、そしてあなたの知恵もまたそれを理解することは出来ません。」
と言いました。
するとアドリアンは、
 「それではあなたがたはそれをどのようにして知ったのですか?あなたがたの預言者はこのことをあなたがたに書き残さなかったのですか?」
と尋ねました。
正教徒たちはこれに答えて
 「天国の幸福のすべての威厳は聖預言者といえども、ことごとくこれを悟ることは出来なかったのです。彼らはこのことをただ次のように記して伝えているだけです。
 『いにしえからこのかた、あなたのほか神を待ち望む者に、このような事を行われた神を聞いたことはなく、耳に入れたこともなく、目に見たこともない。(イザヤ書64-4)
と言いました。
 この時突然、天からの恩寵の光がアドリアンの心に触れました。するとアドリアンは一瞬のうちに真理を悟り、そして正教徒の列に並んで彼らの名前を記録している書記に向かって、
 「その名簿に私の名前も監して下さい。私もハリストスを信じ、そして喜んで主のために死にます・・・。」
と言いました。
 このことを聞いた書記はとても驚き、アドリアンが自ら「正教徒」しと明言したことを急いで皇帝に知らせました。すると皇帝はすぐにアドリアンを呼ぶように命じ、彼が来るやいなや、
  「アドリアンよ、一体どうしたと言うのだ?気でも狂ったのか?・・・死刑が確定した者とともに死にたいだなんて・・・・・・果たして本当のことなのか?」
と尋ねました。
 アドリアンほ平然と、
  「私は狂乱などしておりません。ただ、たった今、初めて今までめ自分が無知であったことを悟っただけです。」
と答えました。
 皇帝はさらに、
  「いつまでも戯言を言うでない。さあ、早く自分の罪を認めて、私に赦しを願い出なさい。そうすればその名簿からお前の名を取り除いてやろう。」
と言いました。
 けれどもアドリアンは、
  「私は今日から、以前に異教に迷っていたことの罪を赦してもらうように、真実の神イイスス・ハリストスに祈ります。」
と言いました。
 皇帝はこのことを聞くと激しく怒り、アドリアンを鎖で縛って獄舎へ繋いでおくように命じました。
 これらを一部始終見ていたアドリアンの僕は、急いでこのことを主人の妻のナクリアに報告しました。彼女はこのことを聞くとたいそう喜び、それから毎日獄舎に通って夫を励ましました。そうです、ナタリアはひそかにハリストスを信じていたのでした。
 数日後、とうとう拷問の日がやって来ました。正教徒たちは獄舎から皇帝の前に引き出されました。ところが、かつて苦難を受けた二十三人の正教徒はとても衰弱していたので、皇帝はひとりアドリアンに刑具をつけるように命じました。こうしてアドリアンが正教徒たちのお祈りに伴われて皇帝の前に赴こうとした時、ナタリアは夫に向かって、
 「心を神に向サるのです。苦しみは片時限りで、安息は永遠に限りなくあります!」
と叫びました。
 アドリアンが皇帝の前に出ると、皇帝はすぐさま、
 「お前はまだ-自分の無知を悟らずにいるのか?」
と尋ねました。
 アドリアンは静かな口調で
  「・・・前にも申し述べた通り、今は以前の迷いを捨てて主のみ教えに生きようと思っております。」
と答えました。
 マクシミアン帝はアドリアンの力量を惜しみ、どうしてもハリストスから離反させようと彼を説得しました。けれども、アドリアンはどうしてもハリストスのみ教えを捨てませんでした。そのため、皇帝はとうとう彼を激しく鞭で打つように命令しました。この時、ナタリアは裁判所の外につめかけた正教徒にその様子を伝えました。すると皆アドリアンの信仰の篤さを賞め讃え、そしてアドリアンのために主にお祈りを捧げました。
 マクシミアン帝はアドリアンがどうしてもハリストスを捨てないのでとうとう怒り、より惨酷な苦難を与えながら、
 「よく後悔するがよい!そして、今からでも遅くはないから諸神を拝すと言え!そうすればお前を赦してもとの役所に戻してやろう・・・。お前ほどうしてそんな無知な、人を迷わす者と自分を等しくするのだ?お前は家柄正しく有能で、財産もたくさん持っているではないか・・・・・・。彼らはいやしく貧しい者であろう。さあ-彼らから手を切れ!お前は彼らのようになってはならないのだ・・・。」
と説得しました。
 アドリアンはそれに答えて、
 「あなたがもし、この人びとに備えられている素晴らしいことを悟ることが出来たならば、あなたは彼らに、自分のためにお祈りをして下さることを願い、その足元にひれ伏すでしょう・・・・・・」
と言いました。
 アドリアンはその後も暫くの間厳しい拷問を受けました。そして、彼はそれらにすべて耐え忍んだので、皇帝は再び彼を獄舎に繋ぐように命じました。
 アドリアンをはじめとする正教徒たちはそれから数日間-獄舎に繋がれておりました。その間、ナタリアは数人の婦人とともに彼らを看病しました。彼らのからだは日に日に衰えてゆきましたが、その心ほますます喜びに満たされておりました。ある時ナタリアは夫に向かって、
 「・・・・・・あなたが主の前に出る時、主が早く私の生命を取ってあなたとともに永遠の生命に入ることを、主に祈って下さい。なぜならば、皇帝が私を人に嫁がそうとするからです。ですから-どうぞ私のために祈って下さい・・・・・・。」
と言いました。


 ・・・・・・皇帝は正教徒たちがとても衰弱しているということを聞いて、とうとう死刑を執行することを命令しました。彼は正教徒たちの苦しみをできるだけのばすため、先ず槌でもって彼らの手足を打ち砕きました、彼らはこの苦難をも平然と耐え忍び、絶えずお祈りを捧げながらその魂を主に捧げました。・・・・・・刑が終わると、皇帝は聖教命者たちの死体を焼くように命じました。ところが突然、大雨が降り出し、準備してあった火を消してしまいました。またにわかに雷も起こり、死体を異教徒から守りました。そしてその間に、この刑を見ながら祈っていた正教徒たちは謹しんで聖致命者の遺体を棺におさめて、イザンティアに運びました。
 その後、かねてからナタリアが心配していた通り、皇帝はある役人に彼女との結婚をすすめました。そこで、ナタリアはこれを免れるように、神にお祈りをしました。すると、夢の中に聖教命者たちが顕れて、ナタリアにイザンティアへ来るように言いました。そして夢から醒めるとすぐにイザンティアへ向かいました。このことを知った役人はすぐにナタリアを追いかけましたが、主は奇蹟をもって彼女を守って下さったおかげで、ナタリアは無事イザンティアに到着しました。

 ナタリアが到着すると、イザンティアの正教徒たちはとても喜び、愛をもって彼女を迎えました。そして彼女はすぐに聖到命者たちの遺体を葬った聖堂でお祈りを捧げました。その日の晩、ナタリアが床に就くと夢の中にアドリアンが顕れ、彼女の死期が近づいていることを伝えました。翌朝、目が醒めるとナタリアはとても喜び、このことをすぐに正教徒たちに伝え、自分のために祈るように皆にお願いしました。
 こうして-ナタリアは安らかに眠りに就きました。そしてそれから数時間後に、ある正教徒がナタリアに近づいてみると、彼女は既にこの世を去っていたということです。