名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

聖イオアサフ

 十二月二日は克肖者・聖ワルラアムとインドの皇太子イオアサフの祭日です。

 聖伝によると、聖使徒フォマがインドの地方で伝道活動を行い教会を設立しました。しかし、この地方の教会は異教徒のただ中にあって非常に強い迫害を受けました。ことにアワェニル王は教会を強く迫害しました。

 アワェニル王に、王子イオアサフが生まれました。王は当時の習慣に従い、博士たちを招いて自分の子の将来を占わせました。ある者は王子は容姿端麗になると言い、ある者は巨万の宮を得るだろうと言い、また、ある者は博学多才になるだろうと言い、王子の誕生をお祝いしました。しかし、その中の一人は言いました。「王子は聡明な人となるでしょうが、その聡明さはこの世のものではありません。王子はクリスチャンとなられるでしょう」。

 アワェニルは、王子がクリスチャンになることを恐れて教会への迫害をさらに強めました。そして、王子のために特別の宮殿を造り、病いや老い、死などのこの世の出来事が王子の目に触れないようにしました。

 イオアサフは全てに恵まれた生活を送っていましたが、この世の一般の生活を見ることを望みました。王は最初は引き止めましたが、ひとりでひきこもり憂鬱になりがちな王子を心配して、ついに外出を認めました。王子が不快にならないように、沢山の従者を王は従わさせました。楽しいことにばかり出会うように王が仕組んでいたにもかかわらず、旅の途中、王子は目の不自由な人に出会って非常に驚きました。従者は、時にはこのような恵まれない人もいると告げました。別の日に、今度は老人に出会いました。王子はやはり驚いて従者に、これはどういう病気なのかと尋ねました。人は年を取るとそうなり、さらに数年すると死ぬのだと聞 いて王子は愕然としました。宮中に帰ってからも王子は憂鬱な毎日を送っていました。

 その時、隠遁生活を送っていた克肖者ワルラアムは、主の黙示を得て宮中に出向き、王子にハリストスの教えを伝えました。王子は真理の言葉を喜び、洗礼を受けました。王は自分の息子が洗礼を受けたと知って驚き、クリスチャンヘの迫害をさらに強めましたが、王子は信仰を捨てません。王は部下の勧めに従い、王子に政務を与えて多忙さによって信仰をまげさせようとしましたが、イオアサフは信仰に根ざした良い政策で国を治めました。イオアサフは若くして王位を捨て隠遁生活を送りました。