名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

14、大聖入 ――信者の聖体礼儀

 司祭が福音書を読み、それについて説教した後、聖体礼儀の啓蒙の部分は終わります。そして今や、私達が贈物を捧げる部分、即ち信者の聖体礼儀が始まります。
 私達は誰かを愛するとき、その人に贈物をしたいと考えます。この様な気持ちが、私達が神に贈物を捧げる理由です。これを私達は「捧物(ささげもの・献げもの)」と呼びます。私達は、それを大聖入と呼ばれる行進の中で捧げるのです。私達は私達の贈物を教会に持って行き、そして司祭はイコノスタスの横の門からパンの載っているディスコと、ぶどう酒の入っているポティールを持って出て来ます。堂役者は灯の灯ったローソクを持って司祭に先行し、この行進がいかに大切なものかを示します。

 聖歌隊は「我等つつしんで、ヘルビムにのっとり、聖三の歌を生命を施すの聖三者にたてまつり、この世の務めをしりぞくべし」とうたいます。この歌の意味は簡単に言えば、今、私達は奥密な方法で、聖三者に聖なる歌をうたう天使のようである。だから私達は地上の思い、日常のおもんぱかりを離れましょう。ということです。
 パンとぶどう酒は私達の霊を強くする、本当の食物であり、飲みものです。私達はこれらを神に捧げ、神はそれを神よりの聖なる交わりとして私達に返して下さいます。
 司祭が宝座に私達の捧物を運ぶ時、彼は人々の方をかえりみて、神が天国で私達に場所を与えて下さるように祈ります。

「初代教会の信徒達の捧物」

 ハリスティニアンは聖体礼儀に集まるとき、いつも神への捧物を携えて行きました。紀元200年頃のローマの主教であったヒポリタスと云う人によって書かれた、日曜日の祈祷についての最も古い記録がありますが、それには次のように書かれています。

 この食事の中で彼等はご聖体を受けました。各々の信者はこの食事のために捧物を携えて行きました。或る人はパンとブドー酒を持って来、或る人はチーズやお酒やオリーブを持って来ました。みなしご、つまり父母のない子供達も何か持って行きたいと思いましたが貧しくてそれができませんでした。それで彼等は水を持ってくるのが習慣になりました。

 ちょうどヒポリタスと同じ頃、イウスチンという人がおりましたが、彼は当時、聖体礼儀がどの様に行われたかを書き記しています。

 「太陽の日」と呼ばれる日に市中に住む全ての人々、及びまわりの村々に住む人々は一つの場所に集まった。私達は持っている全てのもの、即ち使徒達の書簡や預言者達の書き記したものを読んだ。そして誦経者がこれらを読み終えた時、司祭は私達に対し、今読まれたばかりの美しいことがらに倣って生きるよう励ましの言葉を与えた。それから私達は皆立ち上り祈った。そして祈りの終わりに平和の接吻を交わした。その後パンとブドー酒と水が運ばれ、司祭は賛揚と感謝の祈りを捧げた。人々は「アミン」と称え、輔祭は出席者全員にパンとブドー酒を領ち与え、欠席している人々の所にも持って行った。
 「私達の教えの真理を信じる人々だけが、この領聖の祈祷に加わることが出来た。それはちょうど私達がそれらを単なる食物、単な飲物として受けるのではないためである。ちょうど、イイスス・ハリストスの中に神が人となられたように、イイスス・ハリストスは私達が受けるパンとブドー酒のうちに彼の体とし、彼の血として存在するのである。そして資力のあるものはそれぞれ望むだけの献金をし、集められたものは司祭が保管した。司祭はやもめみなしご、病気の人や、貧しい人達、虜になっている人や旅行者の世話をした」。