名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

9、幸福な生活の法規 ――真福九端

 私達が車や電車、或は船で旅行するとき安全に目的地に着くことを願うならば、沢山の規則を守らなければなりません。私達の神の国への旅行についても同様で、そのために私達が従わなければならない規則があります。イイススはもし私達が神と共に生き、神のお近くにいることを望むならばどのようにふるまい、又考えなければならないかを教えられました。私達がその教えに従って生きるなら幸福であり、神と共に人々とも平和に暮らすことができます。イイススは、私達が神と共に生き幸福になるために役立つ九つの方法(真福九端)を教えられました。私達の正教会ではこの真福九端はユスティニアンの美しい聖歌の後で歌われます。この真福九端は私達信徒が聖体礼儀で一緒に祈った後、どのように生活すべきかを示したものです。

「真福九端」

(1)心の貧しき者は幸いなり、天国は彼等のものなればなり。
 心の貧しい人々は、自分たちのもっているものは全て神が下さったことを知っています。彼等は自分たちが神に依存していることを知っています。もしあなたが美しかったり、運動が上手だったり、又優れた技術や能力を持っていたら、そのことを神に感謝すべきです。私達が幸福でありたいと願うなら、自分のことでうぬぼれてはなりません。

(2)泣く者は幸いなり、かれらはなぐさめを得んとすればなり。
 泣く人々とは、正しいこと、善いこと、そして不幸なことをはっきり知っている人々です。だから他の人々が悪いことをするのをみて悲しく思うのです。

(3)温柔なる者は幸いなり、彼等は地を嗣がんとすればなり。
 温柔なる人々とは、他の人々がどんなものを必要としているかをいつも考えている人です。
 それらの人々はものやお金を奪ったり、或は自分勝手なふるまいをすることはありません。

(4)義にうえかわく者は幸いなり、彼等は飽くを得んとすればなり。
 イイススは私達に正しい生き方を求めるように教えられましたが、これはいつでも容易に出来ることではありません。丁度空腹のときに食物を求め、のどが渇いている時に水を求めるように、私達は神にも人にも近所の人々に対しても正しいことをすることを求めなければなりません。

(5)憐れみある者は幸いなり、彼等は憐れみを得んとすればなり。
 イイススは私達に対して、困っている人々、さびしい人々、貧しい人々、不幸な人々を助ける人は神に愛されると教えられました。

(6)心の清き者は幸いなり、彼等は神を見んとすればなり。
 わがままでない人々、他の人を悪く思ったり、欠点について言ったりしない人は幸福です。

(7)和平を行う者は幸いなり、彼等は神の子と名ずけられんとすればなり。
 争いを止める人、世界の平和のため、又悲惨な戦争をなくすために働く人は幸福であると、イイススは教えられました。

(8)義のためにきんちく(迫害)せらるる者は幸いなり、天国は彼等のものなればなり。
 神はご自分の考えに従って生きようとする人々をお守りになります。たとえ他の人々がそれを妨害するようなことがあっても神は常に私達信者を守護して下さいます。

(9)人、我のために汝らをののしり、きんちくし、汝らのことを偽りて諸の悪しきことを云わんとする時 は汝らは幸いなり。
 神の教えに従って生きようとするために不公平にあしらわれたり、欺かれたり、苦しめられたり人々があったら、神はそのような人々を祝福なさいます。