名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

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十字架から復活へ

正教会の復活大祭へ向かう毎主日の福音書誦読箇所は、つい日々の生活の煩いの中で、また正教が誇る様々な教会文化への行き過ぎた熱中のなかで忘れがちな「ハリストスの救いの福音」の根幹を教えます。
 とりわけ、十字架叩拝の主日から受難週を控えた聖枝主日へいたる福音は,大斎という「修道的期間」のもつ逆説を私たちに突きつけ、私たち一人一人を,主の十字架と復活に罪の赦しとよみがえりへの希望を見いだし、そこに自らを委ねるほかない「無力な罪人」として、受難週へと引き渡します。

十字架叩拝の主日 メッセージ

 マルコ8:34-9:1 

父と子と聖神の名によりて

 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか」。

 本日の福音です。まことに厳しい言葉です。主は私たちにいささかの逃げ道も与えません。キリスト教を人生を豊かにする「ありがたい」「ためになる」教えぐらいにしか考えていなかった者を張り倒す、容赦ない言葉です。
 ローマ帝国や共産主義者たちの迫害にさらされていた時代、クリスチャンたちはこの言葉に、私たちが感じる「容赦なさ」をはるかに凌ぐ「容赦なさ」を感じていたはずです。彼らにとって「十字架を負って」とは、文字通り死刑執行のための十字架に磔になることでした。「自分を捨て」とは「我」を捨てるといった修道的な徳目ではなく、ハリストスのために、福音のために「死」を受け入れることでした。殺された者は生き、死を拒んで生きながらえた者は死ぬ、この逃げ場のない二者択一に彼らはいつも直面していたのです。クリスチャンとして生きるのか、すなわち死を辞さないのか、あるいはハリストスを離れて死ぬのか、すなわち生きながらえるのか、です。

 今日、「十字架を負って」は、それぞれの人生の課題から目を背けず、逃げることなくその重荷を背負って生き抜くことと、理解されることが多いようです。けっして間違ってはいません。しかし、迫害時代のクリスチャンたちがぎりぎりいっぱいのところで体験した、それが自分の「生き死に」、しかもほんとうの「生き死に」にかかわるということがわかっていないなら、「人生は重荷を背負って坂道を行くがごとし」といった「日めくり」の金言とかわりません。私たちは人生の妙味や奥深さにしみじみと頷くためにハリストスの言葉を聞こうとしているのではありません。死にたくないからです。生きたいからです。主も気の利いたことを言って感動させようなんて思ってもいません。「私についてきたいと思うなら」…そう「死にたくないなら俺についてこい!」と、戦場で部下を励ます大将のように呼ばわっているのです。それに対し、「わかりました。ついて行きます」と心から答えるなら、次に「では、どのようにして?」と間髪を入れず問うはずです。そうでないなら、「ついて行きます」という答えは口先だけのものにすぎません。
 ここで、はじめて「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」という言葉が意味を持ってくるのです。

 「自分を捨てて」。
 自分の欲望や感情のままに生きてきて、何か実りがあったでしょうか。お金や権力や快楽のための道具にしてきた人たちの憎しみが襲いかかり、道具にしてきたこの肉体が復讐しています。自分の信念や「自分なりの考え」で生きてきて、何か道を見いだしたでしょうか。自分を評価しない、自分に同意しない社会や人々への自己主張のこわばりのなかで、誰にも心を開かない、誰からも心を開いてもらえない孤独な自分が残っただけです。死にたくないなら「自分が」「自分は」「自分にとって」…などという、そんな重たい鎧は早く脱いで私を信じてついてきなさい、ハリストスはそう叫んでいます。主が「心貧しくあれ」と言えばへりくだり、「野の花を見よ」と言えば煩わず、「姦淫するな」と言えば夫婦の絆に立ち帰り、「敵を愛し赦せ」と言えば敵のために祈り、「人を裁くな」と言えば自分の罪をまず心に刻むのです…。「とって食べよ、とって飲め」と言われたなら、こうして、古き生命を洗礼で捨てた私たちの、まさに新しい生命にほかならない主のお体と血に集うのです。

 「自分の十字架を負って」。
 十字架は求めて与えられるものではなく、そこにあるものです。私たちはえてして、目の前の十字架が見えないふりをして、お気に入りの十字架、軽そうな十字架、カッコイイ十字架をきょろきょろ探しているものです。そんな十字架では私たちはちゃんと死ねません。ほんとうの生命に生き返ることはできません。「自分の十字架」が見えないなら、あてにならない明日ではなく、取り返しのつかない昨日でもなく、勇気をもって今日を見つめるのです。そうすれば必ず見つかります。自分ではなく主に問いかけ主に従ってその十字架を負うなら、私たちは十字架を背負い十字架で死んだ主と共に、よみがえりの生命に向けて歩み出します。

階梯者イオアン主日 メッセージ

  マルコ9:17-31

父と子と聖神の名によりて

 一人の父親が、悪霊にとりつかれて心の病気にかかっている男の子をつれてやってきました。あいにくイイススはお出かけでした。そこで代わって弟子たちに悪霊を追い出してくださいと頼みましたが、彼らには何もできません。ちょうどその時イイススが帰ってきました。父親は「この子は幼いときから重い病気です。もし、おできになるなら、私たちを憐れんでお助け下さい」とお願いしました。イイススは「もし、できるのならばと言うのだね」と彼をチョットたしなめた上で、「信じる者にはどんなことでもできる」と答えました。すると父親はあわてて「信じます。不信仰な私をお助け下さい」と叫びました。イイススが悪霊を叱ると、霊は出てゆき、男の子の病気は治りました。

それにしても、この父親、ずいぶんな人だと思いませんか。
 もし、皆さんがお医者さんだったとします。患者に「先生、先生にもしこの病気が治せるんなら、治してください」と言われて、「失礼な事を言わないでくれっ」てわざと怒ってみせたら、患者があわてて「信じます、信じます。…でも、ほんとは、ちょっと心配だけど」なんて言ったら、どうですか。
 信仰の大切さを教えるこの福音で、「信じる者にはどんなことでもできる」証拠として紹介された信仰の姿が、こんな自分勝手で中途半端なものだなんて、…どういうことでしょう。父親の願いは何はともあれ聞き届けられて、子供の病気は治りました。とても信仰とは言えない信仰が、奇蹟をもたらしました。

 でも、みなさんお気づきでしょうか。もっと不思議なことがあります。
 イイススのそばにいつもいて、イイススの教えを親しく聞いていた弟子たち。イイススを救い主と信じ、先生のためならどんなことでもしようと、胸を張っていた弟子たち。イイススから悪霊を追い出したり、病気を癒したりする力さえ与えられていたはずの弟子たち。この弟子たちが何もできなかったことです。「からし種一粒ほどの信仰があれば山だって動く」はずなのに小石一つ動かせませんでした。弟子たちのいかにも立派な信仰は何もできず、この父親の信仰とも言えないあやふやな心がハリストスから奇蹟をひきだしました。これは、弟子たちの信仰はからし種一粒ほどのものでもなかったということではないでしょうか。反対に、この父親にはどんなにあいまいでも、いいかげんでも、中途半端でも、虫がよくても「からしだね一粒」ほどの信仰はあったということになります。

 どこが違ったのでしょう。弟子たちは今「売り出し中」のスーパーヒーロー・イイススの親衛隊として得意絶頂でした。文字通り肩で風切って町々村々をのし歩いていたに違いありません。彼らには持ち物や財産をすべてなげうってイイススに従っているというプライドや自己満足はあっても、切実な魂の苦しみは何もありませんでした。一方この父親はカッコよく財産を投げ出すことなど思いもしない、我が子の病気だけで頭がいっぱいの悲しいほど普通の父親で、むしろ社会的には金持ちで有力者だったかもしれません。しかし、彼の心はいつも痛切な悲しみ、熱い熱い煮えたぎるような苦しみ、ひりひりするような渇きで張り裂けんばかりでした。どうして我が子が、なぜこんなにまで。私に何か罪があるのかもしれない、でもなぜ私でなくこの罪のない子に! どうして! そんな心の叫びが胸になかった日は一日もなかったでしょう。しかし、彼は絶望しませんでした。どんな苦しみだって受け入れてしまえば、それなりに気持ちは静まるものです。でも「これは絶対おかしい、我が子が、いや人間がこんな仕打ちをうけてよいはずがない」と叫び、あきらめずに救いを探し、信仰と不信に引き裂かれながらも、もがき続けました。運命だなどと屈しませんでした。逃げませんでした。日本正教会の新約聖書や幾つかの訳では、この父親は「涙を垂れて、呼びて言えり、主よ、我信ず、我が不信を助けよ」とあります。こんな心の激しさにハリストスは「からし種ほどの信仰」を見たのです。

 これは、私たちのことではないですか。
 苦しいことをいっぱい抱えています。子供のこと、夫や妻のこと、親のこと、家族のこと、病気のこと、迫り来る老いのこと、お金のこと、恋のこと、そして第一に自分自身のやりきれない心の暗さ…この父親同様、見苦しいほどにもがいています。私たちの信仰は信と不信のあいだを揺れ動いています。しかし、次のことだけはゆるぎなく信じ、日々確かめ続けていたいものです。
 この父親の「信じます。不信仰な私をお助け下さい」という叫びを躊躇なくお受けとりになったハリストスが、まず第一に、そして最後から最後までまなざしを注ぎ続け、憐れみをおかけになって下さっているのは、主の弟子を気取って胸を張る人たちではなく、まさにこのような私たちであるということを。

エジプトのマリア主日 メッセージ

 マルコ10:32-45  

父と子と聖神の名によりて

 大斎期間の主日、とりわけ第三の主日から受難週に向かう聖枝祭主日にかけ、そこで記憶されるテーマや人物、そしてそこで読まれる福音には復活祭の喜びへと私たちを導いてゆく一貫した結びつきがあるようです。

 まず、第三主日「十字架叩拝の主日」では、「誰でも私についてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、私に従ってきなさい」と呼びかけられます。まず自分を捨てて、その時、その場で神さまが示す十字架を担えと命じられます。自分を救いたいなら、まず神さまへの愛のために徹底して自分を捨てろという、逆説が突きつけられます。
 神さまへの愛は、ハリストスがあっさり言い切っているように「隣人への愛」です。人生のその時その場に出会う助けや慰めの必要な人々、かけがえのない日々を共に生きる家族や友人のために自分を徹底的に捨てることが、すなわち神さまを愛することであり、自分の十字架を背負うことであり、ハリストスに従うことであり、自分を救うことです。その次の主日で記憶される階梯者聖イオアンも、その「天国への階梯」という修道のための手引き書の最終章を「主を愛する人は、まず自分の兄弟を愛する」と愛を教えるためにあてています。修道とは結局、まことの純潔さで、隣人兄弟を愛することができるようになるために、自分の「我」やプライドを、はてしなく捨て続けてゆき、あくことなくハリストス・神の無償の愛、「友のために命を捨てる」愛を追求することに他なりません。罪にけがれた私たちは、愛のためと力めば力むほど、その愛を、分別を失った情念の衝動や、押しつけがましい「おせっかい」で人をねじ伏せようとする力への意志へと歪めてしまいます。「人のため」「家族のため」と、私たちはどれほどたくさんの自己満足を手に入れようとしてきたことでしょう。それを思い知ることは、痛切な悲しみ、身を焼くような苦しみです。私たちのこの実に根深い罪深さを文字通り焼き切って根こそぎにするためには、階梯者イオアンに続いて本日記憶される、四十七年間も砂漠でたった一人草の根を食べながら神さまに赦しを祈り続けたエジプトの聖マリアの、途方もない痛悔の激しさが求められます。十字架叩拝の主日に、主と共に十字架を担おうと立ち上がった私たちの歩むべき道が、正教の修道精神を代表するこの二人を記憶することによって示されるのです。

 一方、階梯者イオアンとエジプトのマリアが記憶される二つの主日、そこで読まれる福音は何を伝えているでしょうか。まず、病気の子供から悪霊を追い出してもらおうと主に取りすがった父親の「信じます、不信仰な私をお助け下さい」という支離滅裂な、しかし悲しいほど痛切な叫びを私たちは聞きます。階梯者イオアンがその「天国への階梯」で教える高邁な修道的努力といかにかけ離れたものでしょう。しかし主は、この叫びを「からし種ほどの信仰」としてお受け取り下いました。反対に、主に一切を捨てて従ったはずの弟子たちが、この父親の求めにまったく応えられず、彼らには「からし種ほどの信仰」もなかったことが暴露されます。神に向かう私たちの努力、ハリストスの愛の働く器へと自らをきよめる努力、これらの努力も、悪霊に引き回され地面にのたうつ苦しみを知る者の叫びにも似た祈りなしに、何ごとも成し遂げられないことを教えます。そしてこの日の福音は最後に、主がご自身の受難と復活を預言したことを伝えます。私たちを救うものが、結局は何であるのかが暗示されます。
   
 そして今日の福音。過ぎこしの祭りへと旅だったイイススとその弟子たちは遂にエルサレムを目前にします。主はご自身の受難を心に期しています。しかし「自分を捨てよ、十字架を背負え」と教えられ、捨てたつもり、背負ったつもりの弟子たちは、主が光栄をお受けになったら、誰が一番高い地位につくのかを罵しり合いながら議論しています。この浅ましい姿は、神の愛の器となるべく、断食を守り祈りに専念した私たちが最後に直面した私たち自身の姿でもあります。愛する努力は悉くしくじり、露わになったのはイイ気になって「祈りと斎」を、「神への愛すなわち隣人への愛」を、そして「正教の修道的な伝統」を語ってきた、この私の悪さだけでした。私たちは結局何も成し遂げられませんでした。

 しかし、実はついに、私たちはここで斎を全うしたのです。先週の福音の最後に、主がご自身の受難と復活を予告したほんとうの意味が明らかになったのです。
 私たちは無力でした。復活祭の喜びに備えて魂を浄めるなんてことは、私たちには不可能でした。もはやハリストスの十字架の救いに、その無償のゆるしに、自分を委ねるほかないことが、いよいよ受難週を目前にしたこの時にハッキリと知らされたのです。自分の十字架を背負ったと気負い込んだ私たちは、結局、ハリストスご自身が背負う十字架に、その重荷を加えただけの結果に終わりました。
 でも、主は、もはや何もお咎めになりません。何もお求めになりません。せまりくるご受難への「人の子」として当然の身震いを抱きしめながら、「それでいい、私が背負うから」とまなざしを向けてくださっているのです。私たちがすべきことは、もはやこの主の愛を受け取ることしかありません。主のご受難を見つめる私たちに、階梯者イオアンが「喜びに溢れた悲しみ」のしるしと呼び、エジプトのマリアが自分の罪深さに心砕かれたときに流した、あたたかい涙の恵みをいただけるよう祈るほかありません。

聖枝主日 メッセージ

 イオアン12:1-18 

父と子と聖神の名によりて

 私たちは、背かれる悲しみを知っています。離れ去られる苦しみを何度も味わってきました。愛を注ぎ、信頼してゆだね、期待して待った人々が、息子や娘が、仲間や友人が、部下や同僚が、妻が、夫が、…背き、離れ去り、ある時は裏切ります。分かち合いの喜びに息を弾ませ合った人々の顔から、突然笑顔が消え、光は失われ、敵意に満ちた罵声が投げつけられます。その悲しみを知っています。

 過ぎこしの祭りをひかえエルサレムは各地から集まった人々でごった返していました。そこに、葬られて四日もたったラザリを甦らせたイイススの噂がたちまちのうちに広がりました。そのイイススが弟子たちを引き連れエルサレムに入城して来ると聞いて、人々は街に飛び出し手に手に枝をうち振ってイイススを迎えました。「イスラエルの新しい王よ、私たちをお救い下さい。オサンナ」、その歓呼の声は怒濤のように街中にあふれました。
 この人々が何日か後、捕えられ引き出された主を見て、拳を振り上げ唇を歪めて「十字架につけよ、イイススを十字架に」と叫ぶことになるのです。イイススへの熱い期待は、主が、祖国イスラエルをローマの権力から救うために何もしなかった、また何も呼び掛けなかったことへの失望をへて、激しい憎しみに転じました。エルサレム入城の時、うち振られた枝に私たちは単純にメシア到来への喜びの表現だけを見てはなりません。あの枝は、人々の、イイススへの身勝手な無理解と、すぐに露わになった敵意の持つ凄まじいエネルギイの象徴でもあります。

 身勝手であったのは、また、主に背いたのは、民衆だけではありませんでした。弟子たちも同様でした。主を裏切ったのはユダだけではありませんでした。今日、聖使徒として尊敬される他の弟子たちも同様でした。「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」と見得を切ったペトルも、「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」と勇ましく仲間に呼び掛けたフォマも、それを聞いて気負い立った他の弟子たちもみな、主を十字架に、まったくの孤独の中に置き去りにして去りました。この孤独の深さは、ついに主をして、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と十字架上から叫ばせるほどのものでした。
 このひとりぼっちの主が十字架の上から見たのは、この「とんだ食わせ者」、イイススという「偽メシア」に裏切られた憎しみを目を真っ赤にしてぶつけてくる民衆でした。また、「自分はメシア」という妄想からついに身を滅ぼした愚かな青年への蔑み笑いを浮かべるローマ兵たちでした。また、ただただ愛おしいイイススを突然に失い絶望と悲しみに凍り付く女弟子たちでした。そして、恐怖にふるえて逃げ去り、もうどこにも姿が見えない一番弟子たちでした。

 イイススは、他の誰でもない、まさにこの人たちのために、十字架で苦しんだのです。何も知らずに枝を振り回し、ついにはご自身をまったくの孤独の中に置き去りにしたこの人たちのために死んだのです。彼らを赦し、彼らによみがえりを与えるために。
 彼らは、その憎しみに駆られた行動によって、またその弱さや卑怯さによって、結果的に、十字架と復活という人類の救いの業の舞台をイイススに提供することになる「脇役」として、そこにいたのではありません。ユダだってそうです。神の摂理の小道具などではありません。主は彼を深く愛していたからこそ、ユダの決意の固さを見てとり「しようとしていることを、するがよい」と背き去るままにされたのです。愛は決して人を強いないからです。ハリストスは彼らをみんな愛していました。ユダのがんこな思いこみも、ペートルやフォマら弟子たちの、恐怖のなかで無様に腰砕けた気負いも、女弟子たちの絶望も、民衆の無理解も、無責任な身勝手さも、その愛の内にお赦しになりました。その赦しのために、その救いのために、死なれたのです。何も知らずに枝を振った者たちのために。

 私たちは今日、こうして枝を手にそのイイススを讃えます。しかし、私たちはエルサレム入城の時の民衆とは違います。私たちはもう知っています。十字架の上から主が眼差しを注いだ人々と同様の、卑怯で、身勝手で、主の御旨を何も知らず、また知ろうともせず、自分の思いこみに高ぶったり、逆に希望そのものであるお方がすぐそこで手を広げているのに絶望に座り込んでしまう私たち、…この私たちの赦しと甦りのためにこそ、ご自身を十字架に献げた方として、主を知っています。その主にこそ、今、「オサンナ!」と枝を振るのです。

2002年復活大祭メッセージ

         

ガリラヤで…

 十字架で息絶えたイイススのお体は、安息日を控え大急ぎで墓に納められました。三日目、日曜の早朝、女弟子たちが葬りの香料を携えて墓に行くと、入り口をふさいでいた大きな岩は脇へ転がされ、主のお体は消えていました。かわりに、そこにいた天使から「イイススはよみがえってもうここにはいない。あなたたちはガリラヤで主と出会うだろう」と告げられました。

 ガリラヤで主と出会う。なぜガリラヤ?主が成長し、伝道を開始し、弟子たちが集められたそもそもの始まりの地、ガリラヤ。そこに戻り湖に船を出し久しぶりに漁を始めた弟子たちに、天使の言葉通り、復活した主はご自身を顕しました。
 やわらかな陽の注ぐ緑の丘に春の花々が咲きこぼれ、眠ったような湖面に魚たちが踊るガリラヤ。沖では男たちが力強く網を引き、岸辺の市場では陽気な駆け引きの声の合間に、時折どっと哄笑が沸き起こるガリラヤ。いたずら坊主を追い回すよく肥えた妻を、夫がたくましい腕を組んで笑って見ているガリラヤ。…こんなガリラヤで、弟子たちは主に再会しました。
 
 私たちも復活祭の感激のうねりがゆっくりと引いてゆく頃、喜びのあたたかい余韻を抱いて私たちのガリラヤに戻ります。
 その時、一見これまでと何にも変わらないありふれた日常に、弟子たちと同じように主を見いだし、自分が全くの新しさに生き始めた事を知るでしょう。悲しみは残ります。苦しみは取り除かれません。しかしその苦しみは、十字架上で「神にさえ見捨てられたのでは」という孤独に悶えた主と共に苦しむ苦しみへと、変えられています。いっぽう日々の何気ない嬉しさ楽しさは主の復活の喜びの確かめとして、私たち自身の復活への希望として、輝き始めます。

 私たちのガリラヤ。せわしないオフィス、機械がうねる工場、子供たちにランドセルを押しつけ大慌てで送り出し、洗濯に掃除に買物に炊事に明け暮れる毎日、…この私たちのガリラヤで主はお待ちになります。

変容

六日ののち、イエスはペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。 ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。すると、見よ、モーセとエリヤが彼らに現れて、イエスと語り合っていた。ペテロはイエスにむかって言った、「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。もし、おさしつかえなければ、わたしはここに小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。彼がまだ話し終えないうちに、たちまち、輝く雲が彼らをおおい、そして雲の中から声がした、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」。弟子たちはこれを聞いて非常に恐れ、顔を地に伏せた。イエスは近づいてきて、手を彼らにおいて言われた、「起きなさい、恐れることはない」。彼らが目をあげると、イエスのほかには、だれも見えなかった
                         (マトフェイ<マタイ>17:1-8)


変えられ得る希望 
          (名古屋教会98年変容祭説教)

 私たちは人間に対してある固定観念を持っています。残念なことに人間とは善いものだという固定観念ではなく、たいていの場合は逆です。人間の歴史に、その社会に、身近な隣人たちに、そして何より自分自身に、根深い悪を見ます。人間は、しょせん自分の利益や満足しか考えない「万人の万人に対する戦い」の状態にあり、倫理や道徳という精神的な価値も互いのエゴイズムが真正面からぶつかり合って、結果的に各人が損をしないための方便である、そういう固定観念に私たちはとらわれています。
そして、その固定観念が根拠のないまぼろしかといえば、残念なことに、むしろ現実です。旧約聖書はこの人間の悪の現実を容赦なく暴き出しています。
…しかし、それでもなお、それは固定観念にすぎないのです。

 イイススもまた、弟子たちがそんな固定観念に落ち込むことを心配されました。
 そこで、ある日、主だった三人の弟子を連れて高い山に登りました。その頂上で起きた出来事が「主の変容」という本日記憶する出来事です。
 山頂に着いた時、弟子たちの前で、突然イイススの姿が変わり、その顔は太陽のように輝き、着物は白く光りました。動転する弟子たちは、雲に覆われ、その雲の中から、ハリストスが神の子であることを告げる、神の言葉が聞こえました。出来事は一瞬のことでした。主はいつもの姿に戻り、弟子たちに「恐れるな。ただ、私が復活するときまで誰にもこのことは漏らしてはいけない」と命じました。

 やがて、イイススは、弟子たちを残して、十字架にかかることになります。
 すばらしい先生、愛と希望と智恵に満ちたみことばを語り、多くの奇跡的なみわざで、苦しむ人を救い、飢えた人々を満腹させ、死者をよみがえらせたすばらしい先生、弟子たちが「あなたは生ける神の子です」と告白したお方が、この世の悪の力の前で全く無力に押しつぶされます。このとき、弟子たちが、一つの固定観念に逆戻りしてしまわないように、即ち、世界は何も変わらなかった、人間は何も変わらなかった、やはり悪の現実だけが唯一の現実だったという固定観念に逆戻りしないように、主は、やがて復活によって明らかになるご自身の輝きをかいま見せたのです。どんなことがあっても絶望してはいけない。今日見たことを心に刻みつけておくんだぞと。

 このように、ご自身の真の姿を現して弟子たちを試練に備えさせた、その主が、私たちの内に、私たちと共に、今もいてくださいます。私たちにも、弟子たちと同じ体験をさせてくださいます。残念なことに、たいていの場合、私たちも彼らと同じように、その意味を悟らず、試練の時には試練に押しつぶされて、霊的な不感症に陥ってしまいます。ゲッセマネの園で、ご受難を前に、悪がその圧倒的な力を顕す時の前に、孤独に苦しみ祈るイイススを一人おいて眠りこけてしまった弟子たちと同じように、私たちも眠りこけてしまいます。やがてそんな体験はみんな忘れてしまいます。
 でも、思い出さなければなりません。夫婦が、親子が、友人同士が、互いの愛と自由と信頼の中で光り輝いたことが、一瞬でさえも、ありませんか?その直後にかき消えてしまったとしても。
 必ずあったはずです、また必ずあるはずです。それがなかったら人間は生きてゆけません。「クリスマスキャロル」の冷酷な老人、守銭奴スクルージでさえ、お金ではなく、愛によって生きていた遥か昔の自分を夢の中で思い出したんです。
 それは、私たちが皆、神の像(かたち)、神様が、私たちに、かくあれかしと与えた神の似姿を内に宿していることの証です。私たちが皆、神の光輝で輝くべき存在であることの証です。また、やがてこの地上で実現し、たゆまずに神への道を歩み続けた者がやがて容れられる天国の、神の国の、輝きの先取りなのです。

 「人間とはこんなものにすぎない」と考えてはいけません。確かに、私たちの力では私たち自身を変えてゆくことはできません。しかし神様にはできる。神様によって変えられ得る。
 私たちは聖体礼儀でこの「神様にはできる」を体験します。…パンとぶどう酒が主の体と血に変わるでしょう。その体と血を受けて私たちも変えられるのです。私たちは、神の恵みの中にあるかぎり、また神の恵みの中でのみ、主の変容の光にふさわしいものに変えられていくことを、現実にこの主日の集いが、この聖体礼儀が光り溢れるものとされることによって、証するのです。


「主の変容祭」の聖像
             (V・ロスキー著「聖像の意味」より。小見出し訳者付加)

    「はっきり言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国が力にあふれ
   て現れるのを見るまでは、決して死なない者がいる」(マルコ9・1)
   〔参照…「人の子がその国と共に来るのを見るまでは~」マトフェイ16:28〕

 使徒ペトル、イアコフとイオアンが生涯を通して「わたしたちの主イイスス・ハリストスの力に満ちた来臨を知らせるのに」「ハリストスの威光を目撃した(ペトル後書1:16-18)」証人となっていることを、共観福音書の記述(マルコ9・2~9、マトフェイ17・1~9、ルカ9・27~36)は明らかにしています。

変容の光・神のエネルゲイア
 ハリストスの顔が「太陽のように輝き」服が「光のように白くなった(マトフェイ17・2)」のを見た時、そして「光輝く雲が彼らを覆った(同17・5)」時、三人のお弟子たちは何を見たのでしょうか。
 ナジアンザスの聖グリゴリイによると、この光は山上でお弟子達たちに証かされた神性でした。ダマスクの聖イオアンは、この「神性の輝き」「神子のこの世ならざる光栄」に言及し、創られざる存在は被造物のイメージでは表現しえないことから、福音記者達による太陽の光との比較は全く不十分であるとしてます。それ故この問題は神のヴィジョンであり、リヨンの聖イリネイからモスクワのフィラレトに至るまで、ハリストスの変容の主題は教会の師父や神学者の思索を止むことなく生んでいるのです。
 神の近づき難い「本質」と交流し得る神の「働き(エネルゲイア)」とに定理的区別をつける為、14世紀の公会(1341、1347、1351~52年)では恩寵の正教的定義付けに特別の関心が払われました。聖グリゴリイ・パラマ(1359年永眠)は、完全合理主義神学者の攻撃に対して主の変容の伝統的教えを守ることに於いて、キリスト教の定理と精神性に於けるこの福音的出来事の重要性に真の価値を与える方法を良く理解していました。聖グリゴリイは次のように言っています。
  
   「神はその本質によってではなく、働きによって光と呼ばれます。」

 使徒を照らす光は知覚できるものではありませんが、その一方で、ただ比喩的に「光」と呼ばれる理解し易い現実として仮に見ることも出来ます。神性の光は物質的なものでも精神的なものでもなく、被造物の秩序を越えた「三つの人格に於ける一つの本性の神聖な輝き」なのです。

   「主の変容の光は、初めも終わりもなく、たとえ眼を凝らしても見ることが出
  来ず、時間と空間に於いて無制限であり続けます。しかし、感覚の変化によって
  主の弟子達は肉体から聖神へと移ったのです。」 (講話第34)
  
 ハリストスは使徒達に「自分を無にした僕の姿(フィリップ2・6)」ではなく、藉身(受肉)に於いても、父と聖神に共通な神性を分かち難く持ち続けた至聖三者の一つの人格として「神の姿」で現れました。ハリストスの神性の現れは、同時に至聖三者の現れでもあります。

   「父は……その声で愛する子を証し、輝く雲を通して共に輝く聖神は、彼らの豊かさに属する全てと同じく、父と共に子が光を持つことを示しました。」 (講話第34)

 初めにハリストスはその神性の光栄を、使徒達がこの光景の恩寵に与り得る最大限現され、その後、彼らの力を圧倒する「輝く雲」の光明を現されました。ハリストスは見えなくなり、弟子達は恐れて倒れました。
 ハリストスの神性の光栄は「容るるに稱ひて」弟子達に現され、後に、彼らの主が十字架に掛けられるのを見た時「實に父の光」である方の受難は自発的以外の何物でもないことを弟子達は理解し得たと、師父の教えを総計する祭日のコンダク(7調)は告げています。(中略)

変容の図像表現の歴史
 聖像表現に於いて、福音的出来事の直接的表現は、6世紀ラヴェンナの聖堂のような変容の象徴的表現にかなり早くから取って代わりました。
 しかし、福音書は変容の二つの記述を提供しています。マルコとマトフェイに従うと、使徒達は神父の声を聞き輝く雲を見た後で倒れました。ルカに従うと、眠りから目覚めてハリストスの光栄を目の当たりにしています。
 後者は、例えばカッパドキアのトカーレのフレスコ(9世紀~10世紀)に見られ、使徒達は座って描かれています。この二つの所見は聖金口イオアンの註解に於いて--ある者はうとうとしている中この光景に仰天する--という具合に融合されました。コンスタンチノープルの聖使徒聖堂に於ける変容のモザイクは、この観点から描かれています。
 使徒達の姿勢はまちまちです。しかし、11世紀から聖ペトルはいつも左手で支え跪きずき、光から自分を守る為右手を挙げて(ないしはハリストスに話しかける仕種で)描かれるようになります。聖イオアン(常に中央)は、光に背を向け倒れています。聖イアコフは、光を避けるか光に背を向けて倒れています。

図例の変容祭聖像
 13世紀には、その光景に圧倒されて険しい頂上から大慌てで転げ落ちる使徒達の表情に富んだ姿勢の強調を目指す聖像がしばしば見られるようになります。この聖像表現の型は、タボル山の光に関する論争の時代である14世紀に一般的になりました。変容の光の創造せられざる特徴を聖像表現に於いて強調することが目的でした。
 それは、ここに示す図例の聖像(ロシヤ、十五世紀)にみることが出来ます。聖ペトルと聖イオアンは膝をついて倒れており、聖イアコフは手で目を覆いつつもハリストスを見ながら仰向けに倒れています。
 変容のハリストスは、モイセイとイリヤと話しながら山の頂上に立って描かれています。その衣は白く輝いています。マンドーラ(後光)の円の中に描かれている幾何学模様(ここでは六頂点の放射形)は、神の働きの超越的根源を啓示する「輝く雲」を表現しています。使徒達を指す三本の光線は、変容の働きが至聖三者一体であることを示しています。(生神女福音祭、神現祭はじめ他の聖像でもこの象徴はしばしば見られます。)
 図例の聖像ではモイセイ(右側)が本を持っていますが、一般的には十戒の石版です。イリヤ(左側)は長い髪の長老として描かれます。聖金口イオアンは、変容の時にモイセイとイリヤが現れたことを説明する次の幾つかの理由を挙げています。
  
  ①律法と預言者を表現する。
  ②シナイ山とカルメル山での神の神秘的顕現を表現する。
  ③モイセイは「死」を表現し、火の車で天に挙げられたイリヤは「生」を表現する。

 この最後の解釈は変容祭の祈祷文で強調されており、聖像表現でも時折見いだせます。16世紀から17世紀のネレジッツァの図像では、天使がモイセイを墓から起こし、他の天使はイリヤを雲から現れさせています。変容祭の終末論的性格を強調するこの主張には納得できます。ハリストスは、来世の光栄の中に来られる生ける者と死せる者との主として現れています。
 変容は「主の光栄なる再度の来臨の先取り」であったと、聖大ワシリイは述べています。変容は、ちょうど良い時に来世の眺望を開いた契機だったのです。


自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ…
           (第15主日福音から マトフェイ22:35-46)

 ニコライ堂みたいな大聖堂のお祈りが好きという方がいました。大聖堂の片隅のお気に入りのイコンの前で、美しい聖歌の響きに包まれていると、どんなにたくさん参祷者がいても、彼らの存在は背後に退き、まるで魂が天に昇っていき、神さまと一人向かい合っているようだと言うのです。反対に、地方教会の小会堂では、他の人たちの視線をいやでも意識してしまい、とてもそんな気分になれないとも仰いました。
 これは、暗い堂内で仏像と向かい合って瞑目し、静かに手を合わせるという「敬虔」さを好む日本人には、ごく自然な感想かもしれません。人間は孤独なもの。その孤独な人間の一人一人に仏や神は、語りかけ、慰めを与え、平安をもたらしてくれる。孤独なまま…。

 しかしハリストスは、「最も大切な戒めは?」と問われて「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』これが第一の戒め。第二は『自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ』である。これは、第一の戒めと同じこと」とお答えになりました。神を愛するなら人を愛せ、人への愛を通じてしか神を愛することはできない、と言うのです。
 しかも、ハリストス・神はお命じになっただけではなく、ご自身の愛を注ぐことによって、私たちに愛の可能性を回復してくださいました。愛は、つねに挫折し私たちを再び孤独に追いやる甲斐のない虚しい徳目ではなくなりました。人は愛し得る。ハリストスの愛のうちにいる限り。

 聖体礼儀とは、愛に挫折ばかりしてきた私たちが、ハリストスによって、互いに愛し得るものとされたこと、孤独な「私」が再び「私たち」に集められたこと、すなわち私たちの「救い」を、心と声を一つに祈り、ご聖体を分かち合い、感謝する場です。
 残念ながら、「神と一人向かい合う天上的な喜び」などというものは聖歌をBGMにした自己陶酔に過ぎません。クリスチャンの喜びは分かち合いの喜びです。クリスチャンの成長は分かち合いへの成長です。
           
 

復活

 ハリストス死より復活し、死を以て死を滅ぼし、
 墓にあるものに命を賜えり

 週の初めの日、夜明け前に、女たちは用意しておいた香料を携えて、墓に行った。 ところが、石が墓からころがしてあるので、中にはいってみると、主イエスのからだが見当らなかった。そのため途方にくれていると、見よ、輝いた衣を着たふたりの者が、彼らに現れた。女たちは驚き恐れて、顔を地に伏せていると、このふたりの者が言った、「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなたがたにお話しになったことを思い出しなさい。すなわち、人の子は必ず罪人らの手に渡され、十字架につけられ、そして三日目によみがえる、と仰せられたではないか」。 そこで女たちはその言葉を思い出し、墓から帰って、これらいっさいのことを、十一弟子や、その他みんなの人に報告した。


 「復活祭の聖像」 …その意味するもの

「黄泉降り」
 教会の教えでは、黄泉降りは救贖と分かち難く結びついています。アダムの死により、救主の天性を伴う降下(訳注:天からこの地上に、さらに黄泉にまで降ること)は、アダムが降っていたのと同じ深さにまで達しなくてはならなくなりました。換言すれば、黄泉降りはハリストスの敗退の極みを表現すると同時に、その光栄の初めでもあったのです。

 この神秘的出来事について福音記者たちは誰もふれていません。しかし、使徒ペトルは聖神降臨の日の聖神に満たされた言葉(使徒行実2・14~39)や彼の第一公書において言及しています。

  「彼は獄に捕われている霊どものところに下って行き、宣べ伝えることをされた」
                                               (ペトル第一公書3・19)
 
 ハリストスの黄泉への勝利……アダムと旧約の義人たちの救出は、聖大土曜日奉神礼の中心主題であると共に、復活祭の全奉事を通続し、ハリストスの肉体の復活の光栄と分かち難いものです。この主題は、言わば復活の主題と織り混ぜられているのです。
 
  「ハリストスよ、爾は地獄に降り、繋がれし者を籠むる世世の鎖を破り、三日にして、イオナが鯨より出でし如く、墓より復活せり。」
     (パスハ早課イルモス第六歌頌)

 この奉神礼の祈祷文に次いで、黄泉降りの聖像は、我等の主の霊が黄泉に降るという復活の宗教的、卓越した現実性を表現すると共に、この降下の目的と結果を示しています。この出来事の意味と調和して、この聖像の所作は、地の奥深くぽっかり口を開けた暗黒の深淵として描かれる黄泉を舞台としています。聖像の中央で主の姿勢と色調によりしっかり目立っているのが、救主です。 復活祭カノンの著者であるダマスクの聖イオアンは言っています。

  「たとえハリストスが人として死なれ主の神聖なる魂が潔き体から去ったとしても、主の神性は両者…魂と体から分かち難く残っていたのです」
     (「正教信仰注解」III、c、27)
 
 それゆえ主は、黄泉の捕虜としてではなく征服者でありそこに捕らわれる人達の救助者として、奴隷としてではなく生命の主宰としてそこに現れています。普通幾種もの青の濃淡…しばしば外周に星が瞬き主から発する光線がつんざく、光栄の象徴である燦然とした後光を伴って主は描かれます。その着物は、もはや地上での活動中描写されるようなものではなく、隅々まで細い金色の光線(アシステ)を描いて光彩を施された黄金の色合いです。

 黄泉の暗黒は、そこに降った「神人」たるハリストスの光栄の光である神の輝きに満たされています。それは来るべき復活の光、復活祭の光線と曙光です。救主は、ご自身が取り壊した二枚の黄泉の戸板を足下に十字形に交差させ足蹴にしています。多くの場合、その戸板の下、暗黒の深淵の中に、投げ倒された嫌な暗黒の王子サタンの姿が見られます。場合によりその深淵には沢山の様々な細かな物--打ち砕かれた黄泉の力、今や天使がサタンを縛る引きちぎられた鎖、鍵、釘も見られます。主の左手には、使徒ペトルの言葉に則った黄泉での復活の「宣べ伝え」の象りである巻物が握られています。時折、巻物の代わりにもはや恥ずべき処刑の道具ではなく死への勝利の徴である十字架を主が握っている場合もあります。

 黄泉の軛は主の全能の力によりばらばらに引き千切られ、ハリストスはその右の手でアダムを墓から起こしています。換言すれば、主はアダムの霊を、そしてそれと共に信仰の中に主の到来を待つ全ての人の霊を解放されたのです。(アダムとエワは、祈りの為に手を合わせている場合もあります。)
 これが、預言者を筆頭に旧約の預言者たちがこの構図左右二組みに描かれる理由です。左側は、王の衣と冠を着けたダヴィド王とソロモン王、後ろに前駆イオアン…右側には、十戒の石版を手に持ったモイセイが居ます。黄泉に降った救主を見て、自分たちが預言しその到来を予告した主と彼らは直ぐに認め互いに主を差し示しています。

 黄泉降りは、主の降下の道にあってハリストスがなされた最後の段階でした。「地の深淵への降下」の事実により、主は天国への門を私たちに開いて下さったのです。古きアダムそして彼に連なる全人類を、罪、暗黒と死の化身への隷属から解放することによって、ハリストスに結ばれ新たな復生の人となった人々に新しい生命を主は創設されたのです。
 このようにアダムの精神的蘇りは、来るべき体の復活の徴として、ハリストスの復活の初実の果として黄泉降りの聖像に描かれるのです。それ故、たとえこの聖像は、聖大土曜日に記憶される出来事の意味を表現し、その日の奉神礼の為に捧出されても、続くハリストスの復活の祝いの、そしてそれゆえ将来の死者の復活の予象として、復活祭の聖像であり、又そう呼ばれるのです。
                                      (L・ウスペンスキー『聖像の意味』より。


ある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか (コリンフ前書15:12)

 復活大祭を迎え、私たち正教徒は「ハリストス復活!」「実に復活!」と呼び交わします。教会で、家庭で、あらゆる祈りが「ハリストス死より復活し、死を以て死を滅ぼし、墓にある者に命を賜えり」と、力強い復活の讃詞で開始され、結ばれます。

 しかし、祝祭に浮かれ騒ぐ者をあざ笑うかのように、「死の現実」が私たちに襲いかかります。病気で、事故で、飢えで、戦争で…、死だけがどんな様々な人生にも共通な、人間の不変の運命に見えます。人は誰でも、最期には火葬場の煙、一握りの灰や土になって消えてしまう、突きつけられたこの「事実」に、立ち続ける力さえ失ってしまいそうです。

 しかし、ひるんではなりません。ハリストスの復活と、その約束する全ての死者の復活を、まさに「見ないで信じる(イオアン20:29)」私たちを、滅びつつある悪魔が最後の力を振り絞って、「目に見える」死の事実で、追いつめ、打ちのめそうとしているのです。
 「明日、地球最期の日が来るとしたら、君は何をする?」
 学生時代、座興でこんなバカ話しを悪友たちとしたことがあります。美味い物を腹一杯食べるんだとか、…あとは、言うのもはばかられる浅ましいことばかりでした。「死んだら何も残らないんだ」、「一つの限りある人生を越えて、永遠に存在する意味や価値などどこにも無いんだ」、そう思って生きる人生は、この「地球最期の一日」の浅ましさを、何十年にも引き延ばして生きるようなものではないでしょうか?

 私たちは、ハリストスの復活への信仰によって、この浅ましさから救い出されたのではなかったでしょうか? 人生にもう一度「YES」と言えるようになったのではなかったでしょうか? 「涙をぬぐいとって(黙示21:4)」何度でも呼び交わしましょう。
 ハリストス復活!実に復活! 

 「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている(イオアン16:33)」 


「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか」
                  (携香女の主日 説教 より)

 十字架上で息絶えたイイススをアリマフェヤのイオシフはピラトに願い出て引き取りました。その日の日暮れから安息日が始まるので、主の遺体は大急ぎで墓に埋葬されました。墓と言っても当時の墓は、岩に掘られた大きな横穴であり、布で巻かれた遺体を中に安置して、重たい円形の岩を入り口に転がし蓋をします。
 安息日が終わった、三日目、すなわち日曜日の早朝、イイススの女弟子たちは遺体に葬りの香料を塗るために墓に急ぎました。ところが墓につくと、既に岩は傍らに転がされ、墓は開いていました。女たちがのぞいてみると、そこには主の遺体はなく、かわりに真っ白い着物を着た若者の姿で天使が座っていました。天使は女たちに、ハリストスはよみがえって、もう墓にはいないと、告げました。
 私たちの信仰の要であるハリストスの復活という事件の発端は、この、携香女たちの空の墓の発見と、天使による主の復活の知らせでした。

 ところでルカ伝によると天使は主の復活を知らせる際、次のように問いかけました。
 「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか」
 復活祭の聖歌にも、また毎主日の前晩祷の聖歌にも、「なんぞ生けるものを死者のうちにたずぬるや」と、この天使の言葉は織り込まれ、とても印象的です。死人の中、すなわち墓場をいくら探しても、復活してよみがえったお方イイススはいないという意味です。しかし、この言葉にはそれ以上に深い意味が込められているようです。

 新聞や雑誌、テレビの広告やワイドショーを見て下さい。そこには、どうやったら、世間で成功できるか、どうやったら美しく魅力的に装えるか、どうやったらお金もうけができるか、どうやったら異性に好かれるようになれるか、どうやったら健康になれるか、どうやったらよい学校に進学できるか、どうやって職場や学校でライバルをけ落とせるか、まあキリがありませんので止めますが、要するに、どうやったら、「うまくやれる」か、「面白おかしく生きられるか」、この世の幸福を掴めるか、それを教える、またそそのかす、もっともらしい、でもいかがわしい情報に溢れています。
 人生に対する深い確信が何もないまま、このような情報のがらくたの中に鼻をつっこんでいる姿は、まさに「死人の中に探す」すなわち、死んだようにしか生きていない人々の中に、自分自身死んだようになって迷い込み、何の生命の実感もないあやふやな生き方を、ああでもないこうでもないと、これは飽きたあれが面白そうと、果てしなくさまよう、この世の生き方を象徴しています。

 それに対して、ハリストスのよみがえり・復活という出来事は、「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか」という天使の言葉を通じて、「この世の人々の生き方の中には人のほんとうの生き方はない、主はそのご受難と復活によって私たちによみがえりを与えて下さった、そのよみがえりの生き方を、ハリストスの中に求めなさい、死人の中に、墓の中に、すなわちこの世の差し出すものの中に探していてはいけない」と、呼びかけているのです。

では、ハリストスの中に探すとはどう言うことでしょうか。
ハリストスの中に探すとは、まさに「ハリストスの体」である教会の中に探すことに他なりません。もっと正確にはこの聖体礼儀という集いの中に探すということ、いやむしろそこで体験するということです。聖体礼儀とは何なのか、簡単に振り返ってみましょう。
 まず聖体礼儀で読まれる福音書は、十字架と復活によって「この世に勝った」ハリストスを伝えます。使徒の書簡は、クリスチャンの生き方を教えます。力強い祈りの歌は、私たちを創造し生命を与え善きもので満たされた神を讃えます。私たちの日々の働き、クリスチャンとしての生活の実りを、パンとぶどう酒として祭壇に捧げ、感謝を表します。神聖神(聖霊)の働きにより、私たちの献げものは、私たちのためにご自身を十字架へ捧げられたハリストスのお体へと変えられます。主のお体と血に変えられた私たちの献げものは、最後に私たちに与え返されます。領聖です。神との交わりの味わいが回復します。そして、何よりこの回復を、そこに集い神に生かされる、信徒の交わりのなかで互いの愛の味わいとして受け取るのです。もう、ひとりぼっちではありません。新しい生活が始まります。

 死んだ者の内にはもはや「生命」は見つかりません。ハリストス復活!

昇天

さて、弟子たちが一緒に集まったとき、イイススに問うて言った、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」。彼らに言われた、「時期や場合は、父がご自分の権威によって定めておられるのであって、あなたがたの知る限りではない。ただ、聖神(聖霊)があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。
 こう言い終ると、イイススは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。
 イイススの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイイススは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。(聖使徒行実1:6-11)

聖神降臨五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。
 さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。…あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。みんなの者は驚き惑って、互に言い合った、「これは、いったい、どういうわけなのだろう」。しかし、ほかの人たちはあざ笑って、「あの人たちは新しい酒で酔っているのだ」と言った。 そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人人に語りかけた。

クリスチャンを導くもの 聖神

 クリスチャンはハリストスのお示しになった生き方を生きる者です。頭の中だけでクリスチャン、また教会に来たときだけクリスチャンであるわけではなく、生活のあらゆる面でクリスチャンとして生きているのですから、実にさまざまな具体的な課題にぶつかります。ところが、その多くの場合、ハリストスの教えや戒めそれ自体から具体的な答えを引き出すことはできません。たとえば、本人の怠けから生活に窮している友人に、お金を貸すべきか突き放して努力を促すか、「隣人を愛せよ」という教え自体から答えは出ません。

 そんな時、「天の王、慰める者、真実の神」(聖神降臨祭のスティヒラから)である聖神が私たちを導きます。
 至聖三者のうち「父」と「子」はイメージがはっきりしているのに「聖神」だけは何だかわかりにくいと言う方がよくいます。聖神は独自の意志をお持ちになる「お方」であるにも関わらず、「あらざる所なき者、満たざる所なきもの」(同上)という独特のあり方を持っているからでしょう。しかし、だからこそ、そう、まことに「風」のように「空気」のように自由な方、変幻自在な形で、この世界のあらゆる場所、人生のあらゆる局面、私たちの思いや意志や感情のあらゆるひだの中に、入り込みしみ込んで、私たちを導く事ができるのです。

 サーロフの聖セラフィムというロシヤの聖人は「クリスチャンの生活の真の目的は聖神を獲得することである」と言いきりました。聖神の恵みに満たされ、聖神の働きを内側から獲得し、聖神ご自身と同じように限りなく自由にのびやかに、そして澄み渡ったまなざしの明るさをもって、あらゆる所に神の働きの神秘や輝きを見いだし、共に生きる人々とゆったりしたくつろぎの中で喜びと愛を生きる、そしてその上、神秘としか言いようのないまばゆい光の中で神を体験する、これがクリスチャン生活の目的だと言います。

 聖セラフィムが言うように、聖神を獲得するためには、聖神の入れ物として自分自身を清めなければなりません。腐った水がよどんでいる水瓶に清らかな水を入れるためには、腐った水を洗い去らなければなりません。これがなかなか大変なのです。熱心に祈ったり、斎をしたり、聖書を読んだり、施しや教会への奉仕という善行に励んで、自分を清めようと奮闘するのですが、気がついてみると気負い立っている「自分」がどっかりと瓶の中でふんぞり返っています。この「自分」がどかないと聖神が入れません。また、仮に手際よく瓶がきれいになると「待ってました」とばかりにサタンが自分の汚物をそこに流し込んでしまいます。「私はお祈りも斎も守り、教会への奉仕や善行に励んでいる、どうだ!」と思った瞬間、人を裁き、さげすむ高慢な偽善者・自己満足に酔う者に落ちてしまいます。

 誰でもそうなります。自分の力でやろうとするから。でも心底自分の無力を悟ったとき、私たちは心の水瓶に清らかな水・聖神を満たす為の第二の道を知ります。まず最初に瓶の中の腐った水をかき出そうと奮闘するのはやめて、もうお構いなしに瓶の口から、じゃぶじゃぶときれいな水を注ぎ込んでしまうのです。いつの間にか水は入れ替わっているでしょう。ないしは、きれいな水のこんこんとあふれでる泉に腐った水の入った瓶もろともじゃぶんと飛び込むのです。どこでそんなことをすればいいのでしょう?どこにそんな泉があるのでしょう?

 教会です。ともに祈りご聖体を分かち合う集いの中にあります。聖使徒パウェルは言っています「教会はハリストスの体であって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに他ならない(エフェス1:23)」。教会には聖神が満ちみちています。主ご自身も聖神降臨祭の福音で「誰でも渇く者は私の所(すなわち教会)へ来て飲むがいい。私を信じる者は、その腹から生ける水(聖神の恵み)が川となって流れ出るであろう(ヨハネ7:37-38)」と言いました。教会を離れず、聖神の恵みの内に身をゆだねる。そしてご聖体を受ける、繰り返し受ける、どんどん受ける、その時、「私の力」でなく、神の恵みによって、私たちに聖神が満たされます。

 聖神降臨祭とは、昇天の日のお約束通り、主の復活の五十日後ペンテコステの祭り(五旬節)に主の弟子たちの祈りの集いに聖神がそそぎ込まれ、聖神に導かれた教会がこの世界に向かって働きを始めたことを記念する祭りです。しかし私たちは単に過去の出来事だけでなく教会が「今も、いつも、世世に」人々に聖神をそそぎ、人々を真の自由、真の祈り、真の愛、そして真の喜びへと導き続けることを讃えるのでます。

参考「聖神降臨祭はなぜ聖三者祭か?」(「キリスト教をとらえ直してみたい方に」)もぜひお読み下さい。


聖神降臨祭の聖像
                一致と多様性
 
(L・ウスペンスキー著「聖像の意味」より。「小見出し」は訳者による付加。)

聖神の降臨
 昇天によって「ハリストスの肉体にある働きというよりむしろ地上での肉体を伴う滞在に関係する働きは終わり、聖神の働きが始まるのです(第41講話)」と神学者グリゴリイは述べています。聖神の働きは「父の約束(行実1・4)」の成就として、五旬節の日に於ける使徒達への神聖神の降臨によって始まります。祭日初日(日曜日)の至聖三者への奉事後、翌日教会はハリストスの使徒達に目に見える形で降臨した神聖神への特別な奉事を執行します。〔訳注…五旬祭は、「至聖三者祭」(日曜日)と「聖神(降臨)祭」(月曜日)、祭期一週間で構成されています。〕
 神聖神の降臨が音響と一同の動揺を伴うと聖使徒行実(2・1~13)は述べていますが、聖像はその逆――調和に満ちた秩序と厳密な構図を示しています。使徒達が身振り手振りで話している昇天とは対照的に、こちらでは使徒達の姿勢は聖職者としての冷静さを示しており、態度は厳粛さに満ちています。幾人かが話しているとはいっても互いに少し体を向けているだけで、使徒たちは着座しているのです。

内なる意味――至聖三者における調和
 使徒行実の記述とこの聖像の構図との矛盾を理解するために、次のことを心に抱くべきです。聖像は信仰者に語りかけており、この出来事の関係者・教会の信徒に示されるもの――即ち「内なる意味」を表現しているのです。それは、使徒たちを「新しい酒に酔っている」と断言したような外面的で十分に経験を積んでいない人達がこの出来事に対して抱くものを表現しているのではないのです。五旬祭(ペンテコステ)は、火による教会の洗礼です。至聖三者に関する啓示の成就は、恩寵の賜物の充満した教会の生命と設立を表明する教会形成の最後の瞬間を表現しています。至聖三者の聖像が神の存在の神秘のしるしを示しているとすると、聖神降臨の聖像は教会と世界との関係における至聖三者の神的作用を表現しています。

  「ハリストスの働きによらず(預言者や聖神降臨以前のハリストスの弟子達におけるように)聖神は先に存在しています。しかし、五旬祭の時ハリストスはそこに共生共存して確かにおいでになられるのです。」
                      (神学者グリゴリイ「第41講話」)
 
 当日の奉神礼は、ワビロンに於ける舌の乱れ(訳注、創世記11・1~9)と聖神降臨の日に於ける調和に満ちた一致とを対比させています。
 
  「至上者は降りて舌を淆しし時、諸民を分てり、火の舌を頒ちし時、衆を一に集め給へり、故に我等同一に至聖神を讃栄す。」
                      (聖五旬祭コンダク 第八調)
 
 地上の塔の建設中に舌の一致を失い散らされ人類はもう一度一致を回復すべきであり、教会の精神的建物の中に共に集められ愛の火で聖なる一つの体へと融合させるべきだ、と教会の師父達は言っています。

  「このように分離せずかつ独特である至聖三者の像(似姿)に従い、ハリストスを首とし天使・預言者・使徒・致命者そして信仰の中に悔い改めた全ての人達を構成員とする聖なる教会は、その存在において一つでありながら人格(位格)において多様である新しい存在として形成されているのです。」
                      (大主教アントニイ)

 至聖三者の像に於けるこの一致、神聖神の恩寵に満たされた一つの体である教会の内なる明瞭で正確な組織が、五旬祭の聖像において実に提示されているのです。皆で一定の形――半円形を形成する十二人の使徒達は、その構成員の多様性と共に教会の体の一致の美しい印象を示しています。ここに描かれる全ては厳密で荘厳な調子を示しています。そしてそれは使徒達が前景から後退するにつれてより大きくなるという「逆遠近法」で表現されていることでより強く強調されています。
 彼らのグループ分けは、見えざる教会の首即ちハリストスの場所である人が座っていない一つの空席によって完成されます。それが、五旬祭の古代図像の幾つかが神の見えざる臨在の象徴として用意された宝座によって完成されている理由です。

図像の意味
 幾人か(福音記者達)は手に本を持っており、他は教えの賜物を受けたしるしとして巻物を持っています。円弧は天国を象っており、その外側は板のへりを越えていっています。前駆イオアンの預言(マトフェイ3・11)に従い聖神と火による洗礼のしるしとして、また使徒たちの成聖のしるしとして十二本の光線もしくは火の舌が使徒達に降っています。時折、使徒達の頭上直接光背(後光、ヘイロー)上に小さな火の舌が置かれることもあります。これは、神聖神が舌の形において降ったことを現しています。(中略)

 イオイル(ヨエル)の預言(イオイル2・28~29)の成就として、神聖神はただ選ばれた十二使徒だけに降っただけでなく、「一緒に集まっている(行実2・1)」もの全て即ち全教会に神聖神は降った、と聖伝は伝えています。それにより、ここでの聖像で十二使徒には含まれない使徒パワェル(使徒の首座として使徒ペトルと共に座している)や、七十門徒に数えられる福音記者ルカ(左列上から三番目)や福音記者マルコ(右列上から三番目)が描かれています。
 古代写本に於いては使徒行実で言及される群衆が構図下部に表現されていましたが、とても早い時期に民衆や諸民族を擬人化した「コスモス(宇宙)」の銘を伴う一人の王の象徴的姿に置き換えられました。この図像についての説明は、十七世紀の文献に見ることができます。
 
  「(中略)この人は、全世界が信仰を持たずにいた暗い場所にいます。アダムの罪により年老い、歳月に屈伏しています。彼の赤い衣は悪魔の生贄の血を意味し、王冠は世界を支配する『罪』を意味しています。彼の手の白い布の上にある十二本の巻物は、教えによって全世界に光をもたらす十二使徒を意味しています。」
                           (N・ポクロフスキイ)

内なる生命の像
 (中略)教会の生命・活動は、至聖三者の定理と根本的道に於いて結びついています。「本質において一つ、位において多様」という至聖三者の調和は、それによって教会が活動し地上で神の国を建設する道なのです。カノン的組織と衆ハリスティアニンの組織(教会共同体や修道院等)両者共、至聖三者一体の生命の地上での段階に於ける反映です。このように五旬祭祈祷に捧出される聖像両者(「至聖三者」と「聖神降臨」)は、その本質に於いて教会の内なる生命の像(イメージ)なのです。

 

十字架

いのちを施す尊き十字架の力…

 昼の十二時になると、全地は暗くなって、三時に及んだ。そして三時に、イイススは大声で「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。…イイススは声高く叫んで、ついに息をひきとられた。そのとき、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。イイススにむかって立っていた百卒長は、このようにして息をひきとられたのを見て言った「まことに、この人は神の子であった」マルコ15:33-39


キリスト教は人間の苦しみを取り除くとは約束しません 十字架叩拝の主日 説教から

私たちには、たくさんの苦しみがあります。
「正直言って、特別に苦しみって何もないんです」とおっしゃる方がまれにいますが、失礼ながら、幼稚な方か、人生の真実からじょうずに目をそらしておられる方か、一番困ったことですが、自分が背負うべき苦労を他人に肩代わりさせて気づいていない方です。聖書も人間の現実を、楽園から自らを引き離し荒れ地をさまよい、女は苦しんで子を産み、それでもなお男にしがみつく者として、また男は、不毛の地で「一生苦しんで地から食物をとり顔に汗してパンを食べる」者として、そして最後には「ちりに帰る」者として描きます。私たちの苦しみの現実です。
 この現実に対し、たくさんの「神々」が人間の苦しみを取り除いてやると約束してくれます。そんな約束を実は少しも信じていないくせに、多くの人々が少しでも不安から逃れようと神々に貢ぎます。「家内安全」「病気平癒」「厄払い」から「がん封じ」や「ぽっくり寺」まで、まるで人間の苦しみの展示会です。

しかし、キリスト教は人間の苦しみを取り除くとは約束しません。
 イイススは人々の病や苦しみをいやしましたが、それは、イイススが真の神であることを示すしるしとして、また主の憐みがあふれ出たにすぎません。主の救いのわざが完成したその最後の一週間を思い出してみましょう。そこで主が人間の救いのためにしたのは、逮捕され屈辱を受け、十字架にかけられ苦しみ、そして死んだことです。神の力は一つも発揮されず、普通の人間よりもさらに無力な姿をさらしました。主の救いの中心は、奇跡的な癒しによって人類の苦しみを取り除くことではなく、まず、ご自身が十字架の苦しみを苦しみ抜くことにあったのです。

 本日の福音(マルコ8:34-9:1)で、主は人々に呼びかけます。
 「だれでも、わたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」。
 主がお命じになったのは、ご自身がなさったように、己れに課せられた苦しみを「自分の十字架」として背負い、主について行くこと…、口あたりのよいごまかしの慰めはいささかもありません。

いろんな苦しみがあります。それらの多くは、私たちの力で何とかできるでしょう、しかし、どうしても逃れられない苦しみというものもあります。その時、私たちには二通りの道しかありません。真ん中の道はありません。
 一つは、その苦しみを人や社会のせいにして、自分の苦しみに周囲の人々を巻き込んで苦しみを一層耐え難いものにする道です。この道は滅びの道です。この時、「十字架」であるべき苦しみは、自分だけでなく隣人たちもともに滅びに引きずり込む、悪魔的な呪いとなります。「自分を捨て」ないとき「自分にしがみつく」とき、私たちにはこの道しか見えません。
もう一つは、その苦しみがどんなに理不尽に見えようとも、どんなに不条理に感じられようとも、そういう自分の思いを捨て、その苦しみを神が背負えと命じる十字架として受け入れることです。私たちクリスチャンはいつも十字架を身につけています。お守りじゃない。自分は、十字架を背負って、つまりどんなに苦しくても、この与えられたいのちを生き抜く、ハリストスについていく、という生き方を選んだ事の証しです。自分を捨てる「十字架の道」です。

 しかし、このお命じは、主の自己犠牲にならい忍耐を身につけよという道徳的な教訓ではありません。福音なのです。
主は、十字架で死んで朽ち果てたのではなかったことを思い出して下さい。三日目に肉体をもって復活なさり、人々に死への勝利を証しされました。主は人間の苦しみと死を十字架上で徹底的に分かち合うことを通じ、私たち人間が主のよみがえりを分かち合えるようにして下さったのです。ハリストスとともに「自分の十字架」を背負う者はハリストスの復活にも与るのです。ハリストスは私の苦しみを取り除いてくれたのではなく、その意味を変えて下さったのです。「私の苦しみ」はもはやこの世が私たちに強いる意味のない拷問のようなものではありません。「私の苦しみ」は、「ハリストス、神、とともに苦しむ苦しみ」へと高められ意味を与えられ、ハリストスの勝利のしるしへと変えられるのです。

 皆さん、思い浮かべてみて下さい。殉教者たちはもちろんの事ですが、身近にいる、信仰をもってご自身の苦しみを十字架として背負い抜いておられる方々、また背負い抜いて栄冠を受けられた方々の輝きを、思い起こして下さい。そして、何より私たち自身が、たとえ小さな十字架にせよそこから逃げず引き受ける時、つらさの中にも一筋の光を感じていることを。主の十字架は復活への避けられない道でした。私たちの背負う十字架もやはり私たち自身のよみがえりへの唯一の道です。