名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

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「パイシオス長老との談話」から序言と伝記

アタナシオス ラコヴァリス 著

 私は長老パイシオス神父のことを12年間以上知っている。彼が私を自覚的な正教信徒にしてくれたのだ。彼は信仰においても実生活でも私を導いてくれ、生活上のあらゆる問題点について助言してくれた。

 私は聖なる山(アトス)で7年間以上暮らすという祝福を得た。5年間はAthoniada Schoolの教師として、そして2年間はイコン画を学ぶために。私は長老のすぐそばにいたかった。彼に会った瞬間から、私は彼にひきつけられずにはいられなかったからだ。

 私はしばしば言ったものだが、彼は母よりも私を愛してくれた。私がこんなことを言うのを母が許してくれるように。母は実際私をどんなに愛してくれただろう。しかしパイシオス長老の愛は普通の人間的愛よりはるかにまさるものであった。彼の愛は、天的なものであり精神的なものであった。

 パイシオス神父は私に対してまるで実の父親、いやそれ以上の者のように接してくれた。私はしかし自分自身を放蕩息子のようにいつも感じていた。私は彼を“父”とはとても呼べないし、私が彼の精神的な息子であるなどとは、とてもではないが言えないのだ。その理由だって?私は彼にちっとも似ていないからだ。私は、彼の美徳にならって心からの善意を持とうと思っても、とうていできない。「もし私を父と呼ぶことを願うなら、私の業にならえ」と言われている。じゃあ、私はパイシオス神父にならったか?とんでもない。だから彼を父と呼ぶ権利は私にはない。長老の徳は彼の徳で、私自身の意気地のなさは私の意気地のなさなのだ。

 彼と会話した後、そう頻繁ではなかったけれど、彼の助言を覚えておくために彼の言葉を書きとめておいた。ふつうは会話の直ぐあとで、あるいは数時間後に、たまには1日か2日後に、私は長老の言葉をそのまま書きとめた。これらの言葉を書きとめる時には、それがいつ話されたかに注意して日付を入れた。これらの言葉は彼の庵を訪問した時あるいは徹夜祷のあと彼と話す機会があった時に話されたものである。

 長老が永眠された今、彼の助言を私の信仰における兄弟姉妹に伝えることが私の義務だと考える。多くの人達がそれらの助言を実際生活の中に取り入れたいだろうし、それによって私よりずっと利益を得るだろうと私は信じている。幸いなる者は言葉を生きる人であり、言葉をただ聞いたり読んだりするだけの人ではないのだ。

祝福された長老パイシオス、この世での名前アルセニオス エツネピデスは、1924年7月25日にカッパドキアのファラサに生まれた。彼はコニツァで成長し、アトス(聖なる山)で修道士になり、そこで彼の人生の大半を過ごした。彼は1994年7月12日に亡くなり、テッサロニカのソウロウテにある神学者ヨハネの「聖なるいおり」に埋葬された。まだ生きている間に彼は多くの人々によって聖人と考えられていた。彼のあらわした奇蹟について数百のサインつきの証言がある。

パイシオス長老の伝記的記事

祝福された長老パイシオス、もともとの名アルセニオス エツネピデスは、1924年7月25日に小アジアのカッパドキアのファラサに生まれた。その地のギリシア人達は2500年間ずっとその地に暮らしていたのだが、小アジアで争乱が起こり、トルコ人による迫害と虐殺から逃れるため難民としてギリシア本土への避難を余儀なくされた。長老の家族は結局ギリシアのエピロス州のコニツァに根をおろし、そこで彼は成長した。

彼はまだ子供の頃から信仰的な傾向を示した。「私は朝わずかな水をもって家を出て、山の岩の上に登り、登塔者[訳註;シリアのシメオンなどのように、塔の上で日夜断食と祈りを続ける修道士のこと]のように祈ったものだ。(彼は笑った)…午後になってお腹がすいてくると…考えを変えた…。『ちょっと食べるために家に帰ろうか』、そう言って岩から降りたものだ」。

…「少し大きくなると、同年代の仲間とつきあわなくなった…彼等はかわいそうな小鳥を殺し、その他にも私の好まないことをするから。こうして、私はもっと小さな子供達と仲間づきあいを続けた。小さな子供達は、私が年長なので私をリーダーにしてくれ、私が彼等とつきあってくれるのを喜んだ。私は断食もした…小さな子供達も断食したがった…こうして、私は彼等の母親達と問題を起こした…。『彼とつき合わないように、彼はおまえを肺病にしてしまうよ』、と母親達は小さな子供達に告げたものだ」、と笑いながら彼は私に話してくれたことがあった。

若い頃から彼はそのような性向を示したが、それは聖名をいただいたカッパドキアの人、聖アルセニオスが彼について預言したとおりだった。彼は信仰に大きな関心を払い、祈り、断食、そして修道的生活に対するあこがれをもって子供時代を生きた。

「…想像してごらん。鐘が鳴り出す前の、朝とても早く私が教会に行っていたことを、そして神父さんが教会を開けに来るのをよく待っていたことを…。私はそのようなあこがれを持っていた…。かつて、私の兄が、私を少し矯正しようとして、教会にそんなに入れ込むべきじゃない、と私に向かって叫びはじめた。そして教会の本、シノプシス[著者註;ナッセルの「Devine Order礼拝書」に相当するギリシアの礼拝書]を取り上げ、ベッドの上に放り投げた…。私は彼のこの行動のために度を失い、私の子供っぽい目からみてもそれを不信心ととらえた。そして激しくそれに反応した…」。

パイシオス神父はこのように子供時代を過ごした。彼は修道的生活にあこがれていたため、このような生き方がますます強められていったのはごく自然なことだった。

あるとき彼は、私を正しくしようとして、次のような話しをした。「…私が若い頃、女の子のことで人の噂にならないように、いつも下を向いて通りを歩いていたものだ…。私は誰が隣を歩いているか見ようとはしなかった…時には知り合いや親戚がそばを通り過ぎ、私が挨拶をしないという悪い噂になった…昔、私のいとこの女性が私の母親に不平を言ったことがある。『アルセニオスったら、私に挨拶しないのよ』、そして私の母はそれを私に告げた…。私は母に言った。『母さん、道で女の子を見つめるより他に、僕には他にやる事がないとでもいうの』」。

 彼は兵士として戦争[訳注;第二次世界大戦あるいは内戦]に4年間行っていた。「何か危険なことが企てられるたびに、私は行くようにした。もし、私が冷淡に断ったために誰かが代わりに行って、もし殺されでもしたら、私の良心は生きている間中ずっと苦しむだろう。一方、自分が戦闘で殺されるのはたった1回だけだ」。

「ある時、軍の宿営地が爆撃された。私は逃げて泉近くの水たまりのくぼみに自分の体を押し込んだ。少しすると誰かが来た。『入れる?』と彼は聞いた。『入りなさい!』と私は答えた。そのくぼみは明らかに1人分しかなかった。その男は自分自身を守ろうと必死になり、恐れのあまり私をくぼみの外に押し出しつつあった。それからもうひとりがやって来た…。私は完全に外に押し出された。かまうものか、『神様が備えて下さるだろう!』…私が外に出るやいなや1発の弾丸が通過し、私の頭を剃った(笑い)…こんな風に、皮膚に当たるのを丁度防ぐように、私の髪に1本の直線を残した…もし、弾丸が1cm低かったら私を殺していただろう…。私は神様の備えに驚いた」。言い換えると、彼が修道士になる前でさえ、長老の自己犠牲的な心は、仲間の人間に対する愛のためならば死んでもかまわないという領域にまで達していたのだ!!!…我々、同時代の人間は、このような心から何と程遠いことだろう…。

「小隊にひとりの仲間がいて、この人は神様を引き合いに出して誓うのだった…彼のやりかたは間違っていた…何回も私は彼に誓わないように言ってきかせた…私はそのことで彼と喧嘩さえした…彼は私の言うことにも将校の言うことにも耳をかさなかった…彼は神様を引き合いに出して誓うことを続けていた…。あるとき軍の宿営地で、私達が働いていたそのど真ん中に1発の爆弾が落ちた…。誰も何も被害をこうむらなかった!!!…ただ、誓っていた人にのみに、とても小さな破片が当たった…どこにだと思う?彼の舌に!!歯にも、唇にもほんの少しも触りもしなかった!!ただ彼の舌のみが膨れ上がった…それは西洋カボチャのようになり、口の外にぶらさがるようになった!…戦争中はそのような驚くべき事がたくさん起こった。そのために、軍の宿営地では敬神の思いが大きくなった…」。

 「…あるとき私達はテッサロニカで行軍しようとした。将校達は私達に歌を歌うように命じた;兵士達は歌おうとしなかった…将校達はまた命じた…しかし、またも沈黙…将校達は怒った。私は兵士達に『なぜなんだ、何か言おうよ』と言ったのだが、彼らは何も言おうとしなかった…私達が軍の宿営地に戻った後、将校達は私達を罰した…彼らは私達の腰から上を裸にし、ぐるぐる回りに走らせ、ベルトで鞭打った…命令違反は戦時では深刻な不服従だったのはわかりますね…私には責任はなかったのだけれど、私も彼らと一緒に走った…将校達は私に向かって叫び、走っている集団から抜け出るように私をさし招いた。しかし、私はそれを見ないふりをして集団から出なかった。私だけでは出たくはなかった…将校達が私達全員を許すか、それとも私も兵士達と一緒に走るか、そのどちらかしかない」。若い頃、彼はそのようなやり方で行動していた。彼の自己犠牲と勇敢さによって、彼は、兵士達からも将校達からも、全員の大きな感謝とともに愛と尊敬を集めた。

 「…その後私は働き、未婚だった姉妹のために結婚持参金を作った。私は修道士になるために彼女が結婚する前に家を離れた…彼女が結婚することが神様のご意志かどうか、私には分からない…彼女自身は結婚しないことを望んでいたかもしれない…」。

 30歳前後に彼は聖なる山(アトス山)の修道士になった。彼は多くの試練にあった。しかし、彼には神様からの大きな助けもあった。彼はまたコニスタの聖ストミオン修道院で禁欲主義の修練をした。そこでは彼は自らの手で野生の熊に餌をやった。聖霊が彼の魂を平安にし、それが野生の動物をも安和にしたのである…「…野生の動物でさえ、もしあなたが愛をもって近づけば、それを理解し、あなたを悩まさないだろう…」と彼はかつて私に話したことがある。しかし若い人でも年寄りでも、彼のこの行動を真似てはならない。なぜなら、私達の魂の情念の野生性が「野生」動物を乱暴にさせ、私達を危険にさらすだろうから。

 彼は約3年間シナイ砂漠の聖エピスチメの洞窟にいた。日曜日ごとに彼はふもとの聖カテリーナの修道院におりていった。その間の1週間のあいだ、彼はひとりで砂漠の静寂の中で苦行していた。時々一人あるいは二人の遊牧民が修道士達を訪問したが、彼は持っていたわずかのものから彼らに寄付を与えた。水でさえわずかなものであった。「…そこの砂漠の乾燥の中で、私は神様の備えを讚栄した。ある岩にひとつの亀裂があって、少量の水が一滴ずつ滴っていた。そこに私は小さなカンを一晩置いておき、水を集めた…私には十分な量だった…それ以上はまったく必要なかった」。

 シナイ砂漠でパイシオス長老は多くの聖なる経験をしたが、悪魔とのはっきりとした戦いもまた経験した。一般的にいって、私は長老の修道的戦いは私達の怠惰な時代、−そこには怠惰な人々と思考を訓練することを怠る風潮があるのだが−、の限度をはるかに超えていたと信じている。長老は、しかし偉大な闘争者だった。彼の闘争は、4世紀の古代の修道士達の闘争とのみ比肩できる。

私達、考えを訓練することを怠っているもの達にとって、その闘争のことを聞く事さえ恐ろしいことである!!…

 謙虚な長老、ポルフィリオス(マラカサ)がパイシオス長老について以下のようにおっしゃったのを私は聞いたことがある:「パイシオス神父の受けた恵みは私の受けたものよりずっと価値のあるものです。なぜなら、彼は闘争を通じて得たのに対して、私の場合は神様が人々を助けるようにと若い頃から私に恵みを与えて下さったからです…神様はパイシオス神父のような聖人を400年ごとに一人地上に送って下さる!!!…」

 聖なる山において彼は禁欲主義を修練し、彼の人生の大半を過ごした。神様が彼に贈った能力は沢山あった。彼には治癒の賜物があった(彼は多くのしかも多様な病気、ガン、生まれついての麻痺、その他、から多くの人々を癒した)、彼には悪鬼に対抗する賜物があった(彼がまだ生きている間に多くの人々から悪鬼を取り除いた)、彼には預(予)言の賜物があった(彼は、多くの人に将来彼ら個人レベルで起こる事柄について告げた。また、彼はまた私達の国の歴史に将来起きるであろうことも預言した)、彼には透視の賜物があった(彼はそれぞれの人の心を深く、その人が自分自身を知るよりさらに明瞭に、知っていた;この理由によって彼は正しく正確に助言し、それぞれの人は必要な言葉に耳を傾けた)、彼には精霊を見分ける賜物があった(彼はある精神的な出来事が神から来たものか、あるいは試み迷わせようとしている悪魔からきたものか、を厳密に知っていた)、彼には明察力の賜物があった、彼はそれぞれの場合に、神の意思が何であるか、そしてそれを明らかにするべきかどうかについて知っていた。それぞれの場合に、彼はどれが良くて、正しいものであるかを知っていた。非精神的な事項でさえそうであった。例えば、ある時ひとりの大学の医師が病院のために2種類の機械のうちどちらかを選択しなければならなくなり、議論していた。彼は決める事ができなかった。彼はパイシオス長老に尋ねた。長老は彼にこう答えた。「この機種を選びなさい。なぜなら、その機械はこんな場合に使えるこんな機能を持っていて、あなたがあれこれと使えるように、こんなふうに働くから」。いいかえれば、彼は小学校も修了していないのに、彼は学者と技術者を合わせたような特別な人間であるかのようにその医師に話したのである!!!もしこれが神様からの啓示でなければ、一体何だろう?…彼には神学の賜物があった。彼が聖人、天使、処女マリアについての多くの精神的経験から、また造られざる光を一度ならずたびたび見た経験からも、彼は真の神学者となっていて、神の神秘について深く知っていた。かつてある大学の神学の教授が賞賛とともに多くの人に次のように話していた:「長い間をかけて、私がいくら試みても答えを見つけられないような10問の神学的問題を私は集めてきた。そこで私はパイシオス神父のところに出かけて行って、これらの難問のすべてについて質問した。30分のうちに彼はすべてについて解決してしまった!…」

 もし、私達がパイシオス長老に与えられた賜物とその力を数えあげようとするならば、きりがないだろう。これが誇張だとは考えないでほしい…いや、それは現実なのだ。神様ご自身がそんなにも多くの賜物でパイシオス長老を飾り栄誉を与えたのだ。そして神の賜物は、神ご自身のように終りなく無制限なのかもしれない。

 すべてのパイシオス長老への賜物のうち、私を最も印象づけたものは彼の愛であった。完全な自己犠牲を伴った、制限のない愛、ためらいのない愛。火のような、甘美な、無限の力をもった、天の愛。彼の内部からそそぎ出る愛、それには差別はなく、善人も悪人も等しく暖かく励ますような愛であり、彼の友も敵も、ギリシア人だけではなく外国人にも、価値ある人だけではなく価値ない人にも、正教信徒だけではなく他の信仰をもっている人にも、人間だけではなく他の動植物にも、何よりも神様に愛をもっていた。これは人間の愛ではなかった。そのような愛はただ聖霊のみが人間の心の中に生じさせることができる。人間の「愛」はとても小さく自己追求的で、ひどく一時的かつ不安定で、ひどく自己中心的かつ圧政的で、いとも容易に怒りと憎しみに変わるので、パイシオス長老の愛とこれらの人間の「愛」を比較することは私達にとって恥ずかしくも不正なことである。

 彼のまわりに人々を集めたのはこれらの賜物であり、パイシオス長老の愛であった。毎日、ひっきりなしに彼の庵に多数の人々が訪れた。長老は人々の苦痛、苦悩、問題を集め、その人々に解決法、喜び、平安を返した。何時でもまたどこにでも必要とあれば、彼と神様は彼がどこに行くべきかを知っていた。彼は神的な権威をもって奇跡的に調停し、解き得ないことを解いた。

 パイシオス神父に関係した奇跡的な物語について署名つきで保証している人々が多数いる。関係した書籍も印刷されてきた。しかし、奇跡的な物語についてしゃべらなかった人々も沢山いるし、パイシオス長老が巧妙に隠した奇跡的出来事はもっと沢山ある。パイシオス長老は人々に対する神様の贈り物だった。

 彼の名声はギリシアを超えて広がった。オーストラリアから、アメリカから、カナダから、ドイツから、ロシアから、ルーマニアから、フランスから、アフリカから、そしてあらゆる所から人々はやってきて彼に会い、彼の助言を求めた。そしてこれらのことについて、ラジオ、テレビ、新聞、などのマスコミが彼の生きている間に述べ立てる事はなかった。マスコミは教会の人達の醜い事だけを映し出し、大げさに書き立てる。マスコミは良い物事、驚くべき物事、そして聖なる物事について悪口を言う事ができない。そこでマスコミはこれらの物事を無視し、人々には聖なる出来事を知らせないようにする。しかしながら…人々には自分自身の手段があるし、神様はご自身の手段をもっておられる。パイシオスのうわさは彼の善行と奇跡に仰天した人々の口から他の人々の耳に広がったのだ…神様ご自身がパイシオス長老を突き出したのであった。

 彼のもとを訪れる事が出来ない寝たきりの病人達や婦人達と会うために彼がアトス山を出た時には、数千人もの人達が彼の祝福を得るために来たものだ。車で来た人達はテッサロニカのソウロウテにある神学者聖ヨハネの女性修道院に常時来てはまた去っていった。道路の脇に駐車している車の列は1kmを超えた。

 数千通もの手紙も彼のもとに送られてきた。「精神病の問題、ガン、または離散した家族。これら3つのうちのどれかが現代の人々を責立てている苦難だろう…人々はこれらについて私に手紙を寄越した」。面談によってあるいは手紙によって、その苦痛はパイシオス長老に流れ込んだ。そして彼はその苦痛を自己犠牲によって担った…真剣に。彼は他の人々を愛していたので他人の苦難を彼自身のものにした。他人が苦しみを受けているのを、彼は見過ごすのを欲しなかったし、無関心ではいられなかった。もし可能ならば、彼は他人の代わりに十字架の重荷のすべてを肩に担ったことだろう。

 パイシオス長老は他人を癒したけれど、彼自身の病いを治して下さるように神様に懇願しようとはしなかった…むしろ病気に耐える事を望んだ。「…精神的な1フランかそこらを稼げるように…老年だから」と彼はチャーミングに言うのだった。まだ兵士だった頃に彼は足に凍傷を受けたのだが、手術で切断しようとする医師から逃れて足底に傷を負ったまま暮らした。「まるで釘を踏み抜いたようだった…そのため、ある時にはかかとに、時にはつま先に、また時には側面に体重をかけたものだ」と笑いながらその不運を冗談にして私に語った…。しかし、彼は教会の椅子には座らなかった…徹夜祷ではずっと立ち通しだった。このようにして彼は若い人達に難事に取り組む精神をも教え込んだ。

 パイシオス長老は多くの病気にかかったが、雄々しさと難事と戦う精神的訓練によって病気のすべてに耐えた。彼は苦痛を笑い飛ばし、むしろ楽しいものにした!!…

 かつてヘルニアにかかった時には、彼はぼろ切れでお腹をしばり、医者には行かなかった。私は気も転倒する思いで医者に行くように頼んだ。すると彼は私に話し始めたのだが、それが病気を笑い飛ばすような冗談だったので、しまいには私も笑い始めてしまったのだった。

 最後に、老年になって彼はガンにかかった。これは、まわりの人の病気を軽くするためにパイシオス長老がそれを神様に頼んだためだった、と私や他の多くの人達は信じている。彼がかつて私に語ったことがあるからだ。「病人が治るように神様に祈る時には、神様に次のような定めをお願いしなければならない、『彼から病気を取り上げて私に与えて下さいますように』または少なくとも『彼の手助けが出来るように、彼の病気の一部を私に与えて下さい』…我々の弱さを知る善なる神様はその病人を治すのだが、私達には何も与えないかもしれないし…時には何かを与えるかもしれない…もし、我々がそれに耐えられると神様が見て取るならば…。いずれにしても我々の祈りが聞かれるためには、そのような定めを受けなければならない…」。

 この心の持ちようは自己犠牲の精神である。そしてパイシオス長老はそれを十二分に持っていた。彼は訪れた何千もの人々の苦痛と病気を自分自身に引き受ける事を望み、それらを喜んで自分の身に引き受けた。彼の生命は仲間の人間達のための犧(いけにえ)だった。

 彼は自分の病気については話さなかった。彼は我々を動揺させないように病気を隠したし、それを隠し通す事が出来ないで我々がそれに気付いた時には、それがあたかも何か重要ではないかのようなふりをした。ガンに対しても同じだった。ついには出血と衰弱が始まった。

 彼が病気である事は皆が気付いていた。我々は彼に医者のところに行くように頼んだのだが…しかし、駄目だった…そこで病気なのが分ったからには、医者の方がアトス山に来るようになった。検査を受けるのを彼が許すように説得するために。一度アテネからある病理学者の大学教授がパイシオス長老を訪問するためだけに来た事があった。私はその医師を長老の庵に案内した。しかし、とうとう彼もどうしても長老を検査することが出来なかった。多くの医者が来たが、誰もうまく説得出来なかった。

 しまいには様々な高位の聖職者までもが彼に医学的処置を受けるように圧力をかけはじめた。府主教座下自身が「検査を受けるように」と命じたと言われている。

 ある医師が、信仰のある人だが、長老の感性を理解して彼に以下のように告げた。「私はあなたを治療するにあたって、農夫の保険しか持っていない人に対して行うような治療をし、それ以上のことは決してしないようにします」。思うに、最も貧しい人が受ける以上の医学的処置を受けるのを長老の感性としては決して許したくないのだろう。長老は貧しい人々より手厚い治療を受けるのを不正だと考えていた。そして確かにこれは不正義であり、我々現代の人々が持つ無慈悲さのさらなる印である。我々と近親者は最高の医者と最高の病院に行けるのに対して、ひどく貧しい人々は病院の大部屋の粗末な簡易ベッドに投げ込まれるし、もっと貧しい外国の幼児達は解熱剤がないために死につつある。この不正義、つまり罪深い人間の邪悪な精神に満ちたこの世のもたらしたものは、今日世界のいたるところに存在する…しかし、天なる正義は物事が本来あるべきところに戻るのを忍耐強く待っている。アーメン。

 最終的にはパイシオス長老はガンの手術を受けた。私の考えでは、彼は従順のために手術を受けたのであって、彼自身の望みには反していたのだと思う。彼が病気に直面した時の、このあらゆる態度を通じて、我々が学ぶものは多かった。

 恐ろしい苦痛が襲うと、彼は叫び出さないように、また他の人々をうろたえさせないように聖歌を歌うのだった。彼は極度に敏感だった。彼は他の人達の重荷になったり他の人達の気持ちをかき乱すことを望まなかった。

 ある人が長老を少しでも楽にしようとして、長老には何も告げずに、長老の苦痛の一部をその人に与えてくれるように神様に祈っていた。その人と長老が会った時、何も話さないうちに長老が彼に言った:「神様にそのような事を願ってはいけない…この苦痛はあなたには耐えられるものではない…願ってはいけない…耐えられないだろう…神様にお願いしてはならない」。

 彼が死ぬ2、3日前、我々は皆で彼を訪れ、最後の祝福をいただいた。彼は1994年の7月12日に永眠しテッサロニカのソウロウテにある神学者聖ヨハネの女性修道院の中庭に埋葬された。

 彼の墓は今日では人気のある巡礼地になっている。この数年私は何回もそこを訪れているが、その度にいつでも人々が崇敬しているのをみかけた。

 そして彼の死後、パイシオス長老は彼の墓でも他の場所でも奇跡をあらわし続けている。私は、彼の死後に起こった出来事が文書で記録されて世に出ることを望んでいる。それは神の栄光のためであり、現代の信んじない人々の利益になるからである。彼らには、精神的に非常に大きな欲求があり、それを満たす必要性があるのに、彼ら自身はそれが分からないからである。

我々すべてが彼の祝福をいただけますように!

テッサロニカ 1999年

かくも耳に甘くやさしき・・・ほめ言葉

――聖山アトスの長老パイシイとの対話――

――長老様、たとえば傲慢な人がいたとします。そういう人は、自分が善いことをするといつもそれを言いふらさずにはおられないものでしょうか?

――なあに、言いふらそうが言いふらすまいが、どのみちカムフラージュされた自己満足が内面に巣食っておるものじゃ。

 先日、わしのところに人が来た。初めからおしまいまで自分のことばかり話しよる。それだけならまだしも、言葉の合間に必ずこう言うのじゃ。『神をたたえるためにこう申すのです』。耳にたこが出来るかと思ったほどじゃ。

 そこで、わしは慎重にこう注意してみた。『ひょっとして神様だけでなく、お前さん自身をたたえる分も少しはまじっていないかの?』

 『そんなことはありません。神をたたえたい一心でこう申すのです』

 この人は、自分の心配事を打ち明けたかったのではなく、ただ自分の成功譚を話したかっただけなのじゃ。『神をたたえるために』とは言うものの、その実は自分を満足させるためのおしゃべりだった、というわけじゃ。

 いずれにせよ、自分がした善い行いを人に話して誇りに思う人間というのは、いつも何かを失うものじゃ。無駄に働いたばかりか、そのせいで責めを負うことになる。

 これは別な人の話じゃ。いよいよ司祭になろうとしていたところだったので、その前にへんぴな所にある修道院に入った。40日間こもるつもりだったのじゃ。ところが、38日目にそこから出なければならないことになった。そこでこの人は駆けずり回った結果また修道院に戻ってきて、予定通り残りの2日間を過ごしたそうじゃ。どうしてだと思うかね?『叙聖式の前に、修道院に40日間こもった』と、あとでみんなに言うことが出来るではないかの。何と言っても、あの預言者モイセイだって十戒を授かる前にシナイ山で40日間を過ごしたくらいじゃ・・・。だが、こんな風にして神様の恩恵を受けられるものじゃろうか?わしはこう思うのじゃ。どうせなら15日や20日で修道院を出てきたほうがよくはなかったか?あるいは初めから修道院なぞ行かないほうがよかったかもしれん。そうすれば、40日間隠遁したなどと自慢しなくてすんだのだし、その結果、もっと神様の恩恵を受けられただろうに、とな。

――長老様、聖使徒パウェルはこう言っております、『誇る者は主を誇れ』(コリンフ前1-31)。ここに傲慢はあるでしょうか。

――あるはずがないではないかの。傲慢ではなくて、神様への賛美と感謝の気持ちじゃ。わしらがキリスト教徒になれたのが万福を賜う神様のおかげで、それを大いなる名誉であり恵みだと考えるならば、そこに傲慢が入り込むわけがないのじゃ。

 たとえばある人が、神様が信仰篤い(あつ)両親を恵んでくださったことを喜び、その恩恵を受け止めたとする。これは、この世のほめ言葉に甘んじて自慢しているわけではない。まさに神様への感謝を感じておるからにほかならんのじゃ。

――長老様、私はよく不満を感じるし、その上くやしい思いをするんです。

――どんな風にくやしいのじゃ。

――いつもこんな風に考えてしまうんです。「この仕事をするのに私がどれほど苦労したことか。でもみんな分かってくれない。私に敬意を払ってくれない」。

――謙遜と愛の気持ちをもって何かをしたのに、まわりが分かってくれない・・・そんな時くやしい思いをするのは当然じゃな。もっとも、そう思うのは、いくらか猶予の余地があるとはいえ、間違っておるよ。ただし、まわりから認められたいがために何かをするのであれば、さらに悪い。なぜって、それはもはやエゴイズムであり、自分の正しさを証明したい気持ち、まわりに媚びへつらう気持ちの表れだからじゃ。

 出来るだけ謙遜の気持ちと共に行動してごらん。何をするにも善いことをしたいという思い、ハリストスのためにという気持ちを忘れずにな。しかし、へつらいや、人からほめ言葉を聞きたいがための名誉欲は払い落とさなければならん。人がただ神のためだけに勤める時、この世にいるうちから神様はあふれんばかりの恩恵を恵んでほめてくださる。そして、来世では天国の恩恵をもたらしてくださるのじゃ。

――長老様、へつらいの気持ちが善き志と混じってしまうことはありますか?

――悪魔は何でも汚して台無しにしようとするもので、へつらいの気持ちを使って人から善き志を奪うこともある。人は誰でも健全な善き志を持っているものじゃが、自分によくよく気をつけていないと、すぐにへつらいや媚びにとらわれてしまう。そうなったら最後、何をやろうと実りは結ばん。穴のあいたバケツで水をすくうようなものじゃ。けれども、媚びへつらいから生ずるものは何事も実がないと気づいた瞬間、みせびらかしで何かをやろうという気持ちは消えうせるものじゃ。敬意を払ってもらおうとはもはや思わないし、まわりが自分のことをどう言っているかということも気にならなくなるじゃろう。

――でも、どこまでが善い志でどこまでが媚びへつらいの気持ちか、区別できないんです。

――混じりけのない潔いものは、すぐに見分けがつくものじゃ。善い志に導かれると、人は心の中の声を聞く。つまり内面の平安、静けさを感じるものでな。ところが、媚びへつらいは人に不安や動揺をもたらすものじゃ。

――長老様、思うに、私がよく誘惑に陥るのは私の心が完全に神様のものとなっていないからではないでしょうか。

――そうじゃな。一部は媚びへつらいにとらわれていると言ってよかろう。善いことをしようと思ったら、決して媚びる気持ちを入り込ませてはならん。それというのも、努力して為した仕事のごほうびをまるごと受け取るためで、悪魔どもに少しでも益があってはならんからじゃ。そうして心の平安を心行くまで味わうのじゃ。だから、どうして自分がそれをしようとしているのか、理由をよくよく分析してごらん。そこで媚びへつらいの動機に気づいたら、すぐさまそれを切り捨てることじゃ。

 「善きたたかい」(チモフェイ前6、12)に挑む気持ちをもって進んでいくなら、この世にとらわれた動機を振り切ることが出来るじゃろう。そういう動機の芯になっているのは「自分」なんじゃ。それを切り捨てれば、何事もうまくいくようになる。お前さんはもう外面や内面の誘惑に陥らず、心の平安を味わうことが出来るようになるじゃろう。

――長老様、霊的生活を送る上で、なかなか思うように前に進めないのでがっかりしてしまいます。私は毎日前進していきたいのですが。

――よくお聞き。時々見受けられるのじゃが、欲から解放されたいと思い、今より自分をよくしたいと思っているその動機が、神様のためではなく、ほかの人に気に入られたいがためだったりする。ほら、お前さんが霊的生活で自分をよくし、完成させていきたいと思っているのがよい例じゃ。そこでお前さん、何でそうしたいか考えたことがあるかの?何のために?神様により近づくためか、それともほかの姉妹より抜きんでたいがためかの?たとえば、ほかの誰よりも早く教会に行くようにしているとする。奉事に遅れるのはよくないと思うためか、あるいはほかの姉妹からほめられたいためなのか?霊的にものを考える人というのは、まわりの人ではなく、神様に気に入られたいと思うものじゃ。「もしわれなお人を悦ばしめば、即ちハリストスの僕たらざらん」(ガラティヤ1、10)と聖使徒パウェルも言っているとおりじゃ。

――長老様、私は人の前でへまをしないよう気をつけることばかり考えていて、神様の前をいかに正しく歩くかに思いが至らないのです。いつも神への畏れ(おそ)を忘れないでいるためにはどうしたらいいでしょうか。 

――覚醒した心が大切じゃ。何をするにも、たとえどんな小さなことでも、その中心には神がおられなければならん。おのれの全存在を神様に向けるのじゃ。お前さんが神様を好きになれば、どうやったら神様を喜ばせることが出来るか、どうしたら神様に気に入っていただけるか、そのことばかりで頭がいっぱいになるはずじゃ。どうしたら周りの人びとに気に入ってもらえるかなどということは考えなくなるのじゃ。媚びへつらいという重い足かせから逃れるのに、これはおおいに助けになるはずじゃ。なぜって、媚びへつらいこそが、さらに高みへ上がるための障害になっているからじゃ。そうなれば、人の前でへまをしたことで喜び、心の中では甘いイイススの慰めに酔うことが出来るようになる。

――長老様、私はほめ言葉を耳にしたんです。それで・・・・・・

――それがどうしたというのかの?わしらが気にしなければならんのはそのことかね?周りがわしらをどう思っているか、それともハリストスがどう思っておられるか、どちらが大切じゃろうか?わしらにとって動機になるのは周りなのか、あるいはハリストスなのかね?

 お前さんは真面目な人じゃ。だから、軽々しく行動してはならんよ。ほめると言えば、えらい人たちがわしのことをよくほめる。ところがわしはほめられると吐き気がするのじゃ。そんな時は自分で自分のことを笑って、ほめ言葉を遠くに放り出すことにしておる。ほめ言葉というのは腐っておるのじゃ。お前さんも、そういうのを聞いたら、すぐさま自分から遠ざけることじゃ。他人からのほめ言葉をもらって、わしらが何を得るというのじゃ。明日あさってにでも悪魔どもがわしらをあざけりに来るようにするためかね?ほめ言葉を聞いて喜ぶ人間というのは、悪魔どもに欺かれているのじゃ。

 ここにだめになっておる人間がおったとする。つまり、傲慢を病んでいるか、その傾向がある人間という意味じゃが、そうなると世間的なものであろうが、霊的なものであろうが、あらゆるほめ言葉が彼にとって有害になる。だから、気軽に人をほめないことじゃ。霊的に弱い人をほめるのは、まさに相手に害を為すのと同じことじゃ。そのせいで相手が破滅してしまうこともあるのじゃ。

 ほめ言葉というのは、麻薬みたいなもんじゃ。たとえば、教会で説教をするようになった人なら、最初の説教が終わった時に、うまくいったかどうか、聞き手に害を与えないようにするにはどんな点に注意しなければならないか、周りの人に聞いてみることもあろう。人によっては、はげましの意味をこめてこう言うじゃろう。「とてもよかったが、これこれこういう所に気をつければもっとよいと思います」。ところが、傲慢の傾向がある人間というのは、しまいにはただほめ言葉を聞きたいがためだけに他人の意見を求めるようになる。もし「よい説教でした」と言われれば、ほめられたと思って喜ぶし、「よくなかった」と言われれば、おそろしく気に病む。・・・・・・ほめ言葉という甘いドロップでどうやって悪魔どもが人をだますか、これで分かったじゃろう。始めに周りの人の意見を聞いたのは、間違いがあれば正していこうと思ったためで、これはよい動機じゃ。でも、ほめ言葉を聞いてうれしく思いたいばっかりに人の意見を聞くところにまで転げ落ちてしまうこともあるのじゃ。

 ほめられて喜び、満足の気持ちを感じることがあるかと思えば、注意されたり、仕事をきちんとしなかったと言われたりして落ち込む時があるが、これらはすべてこの世にとらわれた心のもので、霊的なものとは何の関係もないのだということをよく知っておくがいいよ。心配も喜びもこの世のものにすぎん。霊的に健康な人間というのは、失敗を指摘されると喜ぶものじゃ。なぜって、そうやって自分の間違いを見ることが出来たからじゃ。何かやろうとしたがうまくいかず、それで神様が目を開いてくださった。次に同じことをする時には、うまくいくじゃろう。でも、そうなってもなお、自分で為したのではなく、神様のおかげと思うものでな。「私一人で何をすることが出来ただろう?神様が助けてくださらなければ、何もかも馬鹿げたことになってしまっていただろう」。こう思う人間というのは、正しい心の状態を保っていると言えるじゃろう。

――長老様、ほめられようと悪く言われようと、つねに同じ気持ちを保ちたいものです。どうしたらよいですか?

――この世の栄光を憎むことじゃ。そうすれば、同じ気持ちでほめ言葉も悪口も受け止めることが出来るようになるよ。

――長老様、どうして私は自分の心がからっぽのように感じるのでしょう。

――それは、名誉を欲する気持ちから来ているのじゃ。周りの人の目に映る自分をなんとか大きく見せようとすると、むなしさを感じるものでな。これこそ、名誉欲がもたらす結果なのじゃ。ところがハリストスはむなしい心ではなく、新しく生まれ変わった人間の心においでになるのじゃ。霊的生活を送っている人びとは、美徳を得ようと一生懸命努力するのじゃが、残念ながらそれにプラスされる何か・・・・・・つまり、自分の傲慢を満足させる何かを得たいとも思っている。社会的な名誉とか、特権とか、そういうものをじゃ。それで、むなしさを感じるのじゃ。満たされた心、心の喜びがないのじゃ。名誉欲が大きくなればなるほど、むなしさも増すもので、それだから人びとはいっそう苦しむのじゃ。

――長老様、私が霊的に前進しようとすると、とてもつらく感じます。なぜでしょう。

――謙遜の気持ちを持たずに進もうとするからじゃ。謙遜の心があれば、困難を感じないものじゃ。だが霊的によくなろうと思っているその努力が名誉欲に裏打ちされたものであったとすると、心に重さ、つらさを感じるものじゃ。

 実をいえば、名誉欲以外の霊的欠点というのは、もしわしらがへりくだって神様の憐れみをお願いするなら、修行の階段を上るのにそんなに邪魔にはならないものでな。ところが悪魔どもが名誉欲でわしらを釣りあげたら最後、目隠しされた状態でせまい危険な小道を歩いていかざるを得なくなる。こんな風に悪魔どもの力の影響を受けてしまうので、わしらは心に重さを感じるのじゃ。

 霊的生活は、俗世のものとはまるで違う。この世では、たとえばある企業が売り上げを伸ばしたいと思ったら、美しい広告を作ったり、ええと・・・・・・そう、ブックレットとやらを配ったり、会社のことを知ってもらうためにいろんなことをしなければならん。だが霊的生活で「会社」が成功をおさめるカギはただ一つ、人がこの世の栄光を憎むことだけじゃ。

――長老様、名誉欲を追い払うにはどうすればよいですか。 

――この世の人びとが追い求めるのと正反対のことに喜びを感じることじゃ。このように努力することだけが、心の領域によい影響を与えるのじゃ。愛されたいと思ったら、誰もお前さんに関心を払わないことを喜ぶがよい。名誉ある場所を望むのであれば、ベンチに座るのじゃ。ほめられたいと思ったら、侮辱されることを望め。侮辱されたイイススの愛を感じるためにじゃ。

 名誉を望むのであれば、不名誉や恥を求めよ。そうやって神の栄光を感じることが出来るのじゃ。そうすれば自分を幸せだと感じるし、この世の喜びすべてを集めた以上の幸せを手に入れることが出来るじゃろう。

(終わり)

ほんとうの(ものいみ)とは

――聖山アトスの長老パイシイとの対話――

――斎をすることで、人は自分の意志をおもてに表すのじゃ。何か立派なこと、貴いことをしたいという思いから、修行や禁欲的な生活をしようと心に決めるのが人で、それを神様が助けてくださる。ところが、人はこんな風に斎を考えることもあってな。「あーあ、またあのイヤな金曜日が来た。しょうがない、斎するか」。そうやって自分をいじめることで苦しむのじゃ。

 斎の本当の意味を考え、ハリストスへの愛をもって斎しようとする人は、逆に喜ぶ。「この日、ハリストスが釘付けにされた。水も飲ませられず、酢だけを与えられていたのだ。私も今日は水を飲むのはやめよう」。そういう人は、こんな風に考えるのじゃ。そうやって水を飲まないことで、いちばん上等の飲み物を口にする人が想像すら出来ないような喜びを味わうのじゃ。

 俗人を見ると、聖大金曜日の斎を耐えられない人が多い。ところが、どこかの官公庁の前にでも行ってごらん。ハンガーストライキをやって、食わずにいくらでも座っていることが出来るではないかの。何か要求を通したいという頑固さ、依怙地さから「斎」するのじゃな。こういうのに悪魔が油を注ぐのじゃ。こういう人たちがやっていることというのは、自殺行為じゃ。

 また別の人たちは、パスハ(復活大祭)が来ると、「ハリストス復活!」とうれしそうに挨拶しておるのじゃが、同時に「さあ、これからおいしいものをお腹いっぱい食べるぞ」と思っているのじゃ。こういう人たちは、砂漠で腹いっぱい食わしてもらえるだろうと期待してハリストスを自分たちの王にしようと考えたイウデヤ人にそっくりじゃ。

 預言者が何と言ったか覚えておられるかの?「神の仕事をぞんざいに為す者は呪われる」。人が斎したいと思っているが出来ないということもあって、これはまた別の話じゃ。食べなければ足が震えて立っておられん人だっているのだからの。つまり、斎するだけの力や健康に恵まれておらんということじゃ。いっぽうで、力があるのに斎しようとしない人がいて、これは区別して考えねばならん。どこに善き意志があるというのかね?

 斎したいと思っているのに出来ない人は、がっかりするものじゃ。でも、別の修行でその埋め合わせをすることで、十分力を持って修行する人より多くの褒賞にあずかることが出来るのじゃ。なぜって、修行出来る人というのは、それによってすでに一種の満足感を得ているものじゃからな。

 今日、わしのところに55歳くらいの女の人が来た。斎出来ないと言って泣くのじゃ。夫とは別れ、子供が一人おったが事故で死んでしまった。母も死んでしまったので、その女の人はたった一人、住むところも食べるものもないという境遇におちいってしまった。それで、知り合いがこの人を自分のところに住まわせて、いろいろな仕事をやらせるということで落ち着いたのじゃ。

 この不幸せな女の人は、こう言うのじゃ。「長老様、良心が私を苦しめます。私は何も出来ません。何より悪いことに、私は斎出来ないんです。与えられるものを食べているからです。水曜日と金曜日には、そうでないこともありますが、おおかたは斎に食べてはいけないものを出されます。私はそれを食べざるを得ません。そうでないと力が出ず、立つことすら出来ないからです」。

 「食うがよい。さもないと力が出ないではないかの」とわしは言った。人は自分の状態を観察する必要があるのじゃ。もし力が足りないと感じるようだったら、もっと食べればいいのじゃ。「おのれの限度を知れ」とは、厳しい斎を生涯自分に課し続けた克肖者ニールの言葉じゃ。

――長老様、昔の村で、大斎最初の月曜日から聖フェードル・チロンの土曜日まで何も食べなかった女性たちがあったそうですね。家事や子供の世話、家畜や畑仕事もあったでしょうに、どうやって乗り切ったんでしょう?

――たぶん、自分にこう言い聞かせておったのじゃろう。「本当に斎するのであれば、聖大土曜日まで何も食べてはいけないはずだ」。あるいは、大斎最初の土曜日までなら何とかなるだろう、だって1週間はじきにたってしまうのだから、と考えておったのかな。それとも、もしかするとこう考えていたかもしれん。「ハリストスは40日間斎された。それなら、せめて1週間くらい、私が何も食べられないなんてことがあろうか?」。さらに言えば、この女性たちは根が純粋だったので、こういう斎に耐えることが出来たのじゃろう。人に純粋さや謙遜があれば、神様の恩恵を受けることが出来、それゆえに慎み深く斎をして、神の食べ物で養われる。こういう斎にあって人は神様の力をもって生き、斎の間じゅう「予備の力」を持ちながら耐えることが出来るのじゃ。

 オーストラリアのある27歳の青年は、28日間何も食べなかった。この青年の告解神父が彼をわしのところに寄こしたのじゃ。非常に信心深く、禁欲的な傾向を持った若者でな、いつも告解し、教会に通い、師父の著作を読んだが、特によく読んでいたのが福音書だった。ある時、ハリストスが40日間斎したというところを読んで、おおいに感動したのじゃ。「神であり、人としては罪がなかったわれらの主が40日間斎したのであれば、非常に罪深い私はどうしたらよいのだろう?」

 そこで、告解神父のところに行って斎の祝福を受けに行ったのじゃが、この時、40日間飲まず食わずでいるつもりであることを神父に告げようという考えがなかったのじゃな。

 青年は、大斎第1週の月曜日から始めて、第4週まで斎をした。その間水さえ飲まなかったのじゃ。工場で、箱を組み立てて重ねていく仕事をしていたのじゃが、肉体的にこれはつらい。そしてとうとう28日目、作業の最中にちょっとめまいがしたので、少しの間腰掛けることにした。それからお茶を少々と、乾パンをひとかけ口にした。これで倒れでもしたら、病院に運ばれて、キリスト教徒が斎したせいで死にそうになっているなどと言われるだろうと思ったそうじゃ。

 青年はわしにこう言った。「長老様、これだけ斎をして、私はもう食べ物を見ただけで吐き気がします。でも、食べなければ働けないので自分に無理強いをしています」。

 しかし本当のところ、青年が気に病んでいたのは、40日間斎を耐えられなかったというところにあったので、まずそれを告解神父に打ち明けたのだそうな。神父は気持ちを察して、こう言った。  「28日間斎出来たのだから、それをもって十分と考えなさい。自分を責めないように」。

 それから神父が彼をわしのところに寄こしたというわけじゃが、もし青年にまだ自責の念が残っているなら、それをわしが取り除けてやるようにという依頼だったのじゃ。

 わしとしては、青年の意志が潔いものだったかどうかということを確かめたかったので、まず40日間斎するという誓いでもたてたのかと尋ねた。

 「いいえ」

 「神父のところへ祝福を受けに行った時、40日間何も食わないでいようと思ったことを神父に告げなかったそうじゃが、そういう考えがただ頭になかっただけなのかね、それとも自分の意志で斎を耐えるという『善い』行いをわざと言わなかったのかね?」

 「いいえ」

 「お前さんは善い傾向を持っている。だが、わしが何でこんなことを聞くかといえば、お前さんが耐えたあの28日間の斎で、お前さんは十分天の褒賞にあずかることが出来るということを分かってもらいたいからじゃ。それでもう十分なのじゃ。だから、最後までもたなかったということで自分を苦しめるのはやめなさい。ただ、今度からは、自分の心の中に隠してある善い行いをしようという意志を、必ず神父に告げるように。そこで神父は、お前さんにそういう修行が必要かどうか、あるいは別の修行を行った方がよいか判断するじゃろう」

 この青年は、大いなる謙遜の気持ちを持っていたが、彼がこれまで自分の心の中にそれを育て続けてきたおかげというものじゃ。斎をしようと思い立ったのは、貴いことをしたいという思い、ハリストスのためにという思いからじゃ。だから、ハリストスがご自分の恩恵で彼を支えたのは、いわば当然のことでな。ところが、誰かそういう謙遜を持ち合わせていない者が、同じ事をやろうと思ったとする。そういう人間は、エゴイズムにとらわれておるから、こう言うのじゃ。「あの人間に出来たことが、おれにだって出来ないはずはないじゃないか」。まあ、1日2日は持つが、後はだめじゃろう。神様の恩恵が彼を見捨てるので、智慧も曇らされてしまう。そうなると、何とか耐えられたあの1日2日でさえ、無駄のように感じられてしまう。挙句の果てにはこう言うのじゃ。

「で、何の意味があったんだ、あの斎は?」。

斎する結果、人は生贄の子羊に変わるのじゃ。ところが、獣に変わってしまうことだってある。そんな時、原因は二つに一つじゃ。やろうと決めた禁欲的修行がその人の持てる力の限度を超えているか、あるいはエゴイズムで修行しているので神様の恩恵を受けていないかのどちらかじゃ。

斎といえば、時には野生の動物でさえも手なずけておとなしくさせてしまうものじゃ。動物が飢えている時、人間に近づいてくることがあるが、あれは飢えで死ぬかもしれないことが分かっていて、もし人間のところに行けば何か食べ物にありつける、そうすれば生き残れるだろうと本能的に考えるからじゃ。いつだったか、わしは腹が減って子羊みたいにおとなしくなってしまったオオカミを見たことがある。冬、大雪が降った時、山から下りてわしらの住むところにやって来たのじゃ。わしは兄弟の一人と家畜にえさをやるために出て行ったが、この時わしは燭台を手に持っていた。オオカミを見て、わしの連れは、暖炉から鍋を取り出すのに使う棒でしたたかに殴りつけたのじゃが、オオカミはそれに何の反応も示さなんだ。

人が何かしようとする時、神への愛のために、自分の周りの人たちへの愛のためにやろうと思い至らないのであれば、自分の力を無駄にしているというものじゃ。もし斎するのにおごりたかぶった気持ち、何かえらいことをしているような気持ちになっているのであれば、その斎は水の泡になるじゃろう。そういう人間は、その後穴のあいたバケツみたいになってしまう。穴のあいたバケツに水を注いだらどうなると思う?みな少しずつ流れ出して、結局何も残らないではないかの。

(終わり)

わが心はざわめき・・・・・・

――聖山アトスの長老パイシイとの対話――

――長老様、「善き心の不安」とは何ですか?

――「善き心の不安」とは、人が今より善くなりたいと思って前に進んで行く時に感じる心のざわめきのことじゃ。自分の状態に心をくばりながら進んでいくのじゃが、何か霊的成長のじゃまになるものが見つかれば、それについてよくよく思いをめぐらせ、必要ならば助けを乞う。こうやって霊的な勤めを完成させてゆくのじゃ。

 たとえば、何かの拍子に傲慢な態度に出たとする。この時、すぐさま考えるのじゃ。『傲慢に打ち勝つことができるものは何だろう?そうだ、謙遜だ。それなら謙遜を育てよう』。そうして、コツコツと斧で傲慢をくだいていく。まあ、簡単に言えば、人は霊的に大人になりたいと思って、霊的な勉強を積んでいくというわけじゃな。ほら、学校の生徒だって、小学校の1年が終わったら2年生になる。小学校が終わったら中学校、その後高校へと進む。もし勉強が思うようにいかなくて、なおかつ大学に入りたいと思うのであれば、塾に行く。大学に入った後だって、学位をとるためには一生懸命勉強しなきゃいけない。次に修士課程、博士課程、もっと勉強を続けたいなら外国に行くこともありうるが、すべては学問で成功をおさめるためなのじゃ。

 ふつうの学問でさえこうなのだから、霊的成長にいたってはなおさらじゃ。霊的学問で優秀な成績を取るために、霊的にりっぱな大人になるために、人は精進せねばならんのじゃ。

 「善き心の不安」とは、いても立ってもいられんような気持ち、前進しようという気持ちのことじゃ。こういう心のさざ波は、(たましい)に剛胆さ、勇気を与える。恐怖や悲しみではなく、なぐさめを与えるものでな。「不安」といっても、間違ってはいかん。ストレスや心配のことではなくて、研鑽をつむために熱心になることなのじゃよ。

 お前さんがたを見ていると、時にこんなことがある。「私は一生懸命努力しているのに、まだこんな段階だ」などと言って、元いたところに留まっている。一種の停滞じゃ。こういう場合、聖人と呼ばれる人たちはどう行動したと思うかね?お前さんがたにはその打ち破ろうという猛烈な気概がないんじゃ。いつまでたっても変わらんのは、心の中にある「善き不安」の梃子(てこ)に力がかかっていないからじゃ。これをぐっと押せば、お前さんがたは前に進むことが出来るんじゃ。

――長老ハッジ・ゲオルギイの伝記に、あなたはこう書いておられますね。『霊の救済におおいなる関心を持つことが、肉体を抑制し、欲にとどめを刺す』。私には、この「おおいなる関心」が欠けていると思うのです・・・

――肝心なのは、お前さんの理性と心が、別の事でふさがっているということじゃ。わしらの理性と心は、最後の目標、天の王国にどうやってたどり着くかということに絶えず向けられていなければならん。心が霊の救済のことを思いわずらうとき、それにつられて理性も、痛む心についていく。

すべては痛みにあるのじゃ。どこかが痛いと、お前さんは食うことや飲むことはおろか、眠る事だって出来はせんじゃろう。「善き心の不安」を持つ人というのは、すべてを心に深く受け止めるものじゃ。どうやら、お前さんの目標は天ではなくて、まだ地面にあるようじゃな。霊をどうやって救うかという問題を、まだ心に深く受け止めておらなんだ。その状態で、何をどうしようというのかね?

どうして自分の霊を救うことに無関心でいられよう?わしらは、何とかして救われたい、いつもこのことばかり考えていなければならんのじゃ。そうでないと、今言ったように、地面を這うばかりでいつまでたっても同じところにとどまっていることになる。逆に、この世での目標がほかでもない、天の王国を手に入れることだということを忘れなければ、心の中に「善き不安」が入り込む。そうなると、遅かれ早かれわしらの霊は今までとは違う、別な居場所を見出すようになる。そこでは新鮮な空気がいっぱいで、霊を生き生きさせ、高く舞い上がらせるのじゃ。

神様は人間に智慧をおさずけになられたが、何のためだと思う?地球上のいろんな国々をあちらこちらへ飛び回る、一番速い方法を思いつくためじゃろうか?そうではない、もっとも大切なことを考えるためじゃ。最後の目標――神様のもとへどうやってたどり着くか、どうやって真実の王国、天国を手に入れるか、それを考えるために与えられたものじゃ。

――霊の救済に無関心ではない人にとって、霊的生活を始めるために、何がきっかけになると思いますか?

――前に進みたいと思っているのであれば、いろんなことがきっかけになりうるな。もし自分がそれを望んでいないとすれば、まったく話にならん。牡牛みたいなものじゃ。さっさと歩かせるために鋭利な道具でいくらつついても、牡牛は傷だらけになるばかりで、さっぱり前に進もうとしない。それと同じじゃ。

――長老様、たとえば、善くなりたいという意志を持っている人がいたとします。その人のためにこちらが後押ししてあげるとすれば、神様は相手を助けてくれるでしょうか?

――助けてくれるとも。ただ、後押ししてやろうとするのは避けるべきじゃ。さもないと、後押しする人間の方が疲れてしまう。考えてもごらん。前に進みたくないから同じ場所で足踏みをしておるのじゃ。自分で自分を善くしようという気持ちがないのじゃ。そういう人間を助けようとするのは、まことに疲れるものじゃ。

 人の心に「善き不安」がないと、前に進めない。したがって霊的に成長出来ない。これは自明の理じゃ。

 そういう人間というのは、四角い車輪みたいなものでな。いつも後ろから押してやらねばならんが、まあ実際にはどうだろう!押してやればガタンといって止まる。また押してやればガタンといって止まる。こんな風にしょっちゅうガタガタいって、前に進めるものかね?もし道中が長かったら、とうてい行き着けるものではない。霊的完成の道は遠いのじゃ。200や300メートルそこらではないのじゃよ。

――長老様、「善き不安」を起こさせるにはどうしたらいいですか。

――たとえば、わしが何か役に立つ本を読んでいたとしようかね。読んでいるうちに、とても印象深い箇所があって、そこで立ち止まる。まるで宝石を見つけたようなもので、手にとってつくづく眺めたくなる、まあそんな気分じゃ。その印象深い箇所を、じっくりと研究する。自分の立場に置いて考えて、自分が正しく理解したかどうか確かめ、今度は生活のなかで実践してみる。しばらくしたら、正しく実践しているかどうか、自分に問うてみる。そんな風にして、わしは霊的生活の正しい道を歩むことを、少しずつ学んでおるのじゃ。

 師イサークのことをわしに話した者は誰もおらなんだが、ある時乾物屋でわしは塩漬けニシンを買ったのじゃ。店員がニシンを新聞にくるんで渡してくれたが、その新聞が『聖山アトス図書館報』だった。わしが包みを広げた時、印刷してあった文章に目がくぎづけになってしまった。それが聖イサークの言葉だったのじゃ。わしは後で紙を日なたで乾かして、読んでみておおいに感銘を受けた。そうやって1年間その文章を読んでいたのじゃ。何度も何度も読み返して、しまいには聖イサークが大好きになった。

 それから、聖イサークの本はあるのだろうかと考えた。探し始めたのじゃが、万一見つけたとしても手に取るのがなんとなくこわいように思われたよ。

 お前さんがたはずいぶんたくさん読んでおるようじゃが、その中で印象に残る文章がなかったはずはない。そういうところがあれば、書き留めておくことじゃ。書き留めて、絶えずそのことについて思いをめぐらしていれば、決して忘れないし、実践に移そうと思うじゃろう。

 ほんの一言ふた言言っただけで、それが心に触れてもう涙ぐむ人たちがいる。紙のきれはしに聞いたことを書きつけて、実行に移し、前に進んでいくのじゃ。ソロモン王も言ったじゃろう。「知恵ある人に与えれば、彼は知恵を増す」(箴言9-9)と。ところが、今までにさんざん見聞きしておきながら自分で何もしない者があって、これは「善き不安」が心に入っていないからじゃ。わしのところに来て、自分の置かれた状態を話すのじゃが、前に進んでいこうという気持ちがない。まことにうわ面だけの態度じゃ。わしには理解できん!霊的生活に関することがすべて分かっているとでもいうのかね?本当に何の疑問もわいてこないのかね?

 「善き不安」が入り込むと、人は自分に足りないものについていつも考えるようになる。どうしたら手に入れられるか人に聞いたりする。そうして、霊的にためになることを得ていくのじゃ。聞かんでどうして知ることが出来よう?ある時わしはある夫婦者と道中いっしょになったのだが、彼らに小さな子供がおってな。最初から最後まで父を質問ぜめにするのじゃ。「お父さん、あれなあに?お父さん、これはどうしてなの?」。しまいに母親が言った。「もうおやめ、お前がうるさくてお父さんは頭痛がしそうだよ」。しかし、父はこう言った。「何でも聞かせておきなさい。聞かなければ何も知ることは出来ないのだから」。霊的な疑問も同じことじゃ。

 

 「善き不安」に心を占められている人がどう行動するか、お前さんがたがよく理解できるよう、一つ例をお話ししよう。姉妹の一人なのじゃが、彼女を見るのはうれしいことじゃ。彼女がしてくる質問のうち、せめて一つにでも答えようと思ったら、ノートを一冊使い切らなければならないほどじゃ。この質問というのは、「善き不安」から出されるもので、決してつまらない好奇心からではない。このように、彼女には大変大きな「善き不安」があるので、いろいろなものをキャッチし、一生懸命前進する、だから大きな恩恵を受けることが出来るのじゃ。人が自分に欠けているものを見つけようと努力し、それを修正しようと努め、謙虚になる時、神の恩恵が顕される。その瞬間から人はもうガタガタいわずスムーズに進むようになるのじゃ。

――長老様、私は行くべき方向に進んでいないと心配しているのですが。

――怖いと思うのかの?

――いいえ。でも、どうしてこのように不安になるのでしょう。

――よくお聞き。平安な不安と不安な静けさと、二つあるのじゃ。善い不安というのは心の中にいつも持つべきもので、そんな時恐怖は感じないものじゃ。もし人が正しく精進していたら、決して自分に満足することがないし、その結果何らかの不安がいつも宿っていることになる。この不安は、その人の義を愛そうとする努力がもたらすものじゃ。

――長老様、精進していった結果、もう善き不安が必要ないという日に至ることがあるでしょうか?

――いや、それはない。なぜって、善き不安は、この世に生きる限り決して終わることがないからじゃ。「得るために走りなさい」と聖使徒パーヴェルも言っておろう。ハリストスを得るために、人は生きている限り走り続ける。決して立ち止まることがないのじゃ。走っていても疲れではなく、喜びを感じるのじゃ。

 例を挙げたほうが分かりやすいかの。たとえば、よい猟犬というのは、ウサギのにおいをかぎつけたが最後、ハンターのそばに立っておることが出来ん。走っていってウサギを探すものじゃ。ちょっと立ち止まってにおいをかいだら、また走っていく。一つところにとどまっていることが出来ん。ウサギを見つけ出すことで頭がいっぱいなのじゃ。よそ見をしたりしないのじゃ。立ち止まっているより走っていたほうがうれしい。こういう犬にとって、生きるというのは、走って何かを探すということそのものなのじゃな。

 こんな風に、わしらはいつも覚醒していることが大切じゃ。頭はいつもハリストスの元へ向かうことで占められていなければいかん。なぜなら、それこそがわしらの目標だからじゃ。ところが現実には、足跡は見つけたし、道は分かっているし、ハリストスに会うためにどちらへ向かったらいいかも知っているのだが、わしらはよく同じ場所に立ち止まって、それより先に行こうとしない。もし道を知らないというのなら、少しは言い訳のしようもあるのじゃが。

 いつだったかわしの父のところに、2頭のよく訓練されたボルゾイ犬がいたことがある。ある時、聖アルセニイ聖堂の誦経者プロドモロス・コルツィノグルが、同じ犬種の子犬がほしいと頼んできた。家畜の群れを守って、オオカミが近づいてきたら吠えて知らせる犬が必要だったのじゃ。それで父は子犬を一匹くれてやった。

コルツィノグルの隣人に狩猟が好きな男があったのじゃが、その猟犬が病気になってしまった。狩りに出られないもので、困っておったのじゃ。コルツィノグルはそれを見て、猟に使える犬種だからというので自分の犬を貸してやることにした。隣人はたいそう喜んで、さっそく猟に出て行ったのじゃ。

森に来たところで、よくハンターがやるように手を上げて犬に命令を下した。獲物を探させるためじゃ。ところが犬はどうしたと思うかね?走っていく代わりに、隣人の足元にまつわりついて足をなめ、手のひらに鼻面を押し付けてパンをくれとせがんだそうな。この通り、血統が正しいまことに良い犬なのじゃが、ウサギを探すように訓練されておらん。だからいつもハンターの周りを回ってばかりおるのじゃ。

しかしお前さんがたはきっと、跡を見つけては走っていって、心を満たすためにハリストスを探すに違いないとわしは思うのじゃ。もう心がはちきれそうなほどいっぱいになって、しまいには「神様、もうたくさんです、これ以上は要りません」と言うくらいになるまで、ハリストスの後を追い続けることじゃろう。

(終わり)

醒めた心で・・・・・・

―聖山アトスのパイシイとの対話―

―長老様、聖師父たちはこう言いました。「徳の中で最も貴いもの、それは醒めた心、健全な判断である」。どうしてですか。

――かしこく判断できる力というのは、ただの徳ではないぞ。徳の宝冠みたいなものじゃ。

わしらの心がどんな状態にあるか、どんな徳を持っているか、みんな判断できる力にかかっているのじゃ。徳が紙で出来ておったら、頭にいただくのは紙のかんむりだし、銅の徳なら銅のかんむりになるじゃろう。黄金なら、もちろん黄金のかんむりじゃ。ところがダイヤモンドのかんむりというのもあってな。それが、今言うところの「徳の中の徳」、醒めた心で健全に判断する力なのじゃよ。

――「健全に判断する力」とはどういうものですか。

――心で物を見ることが出来る力ということじゃ。「心の目」というのは、曇りのない理性。こういう理性の持ち主にこそ、神の光で照らされた心、醒めた心があるというわけじゃ。

――階梯者イオアンはこう言っています。「二つの目で肉におおわれた物を見、判断する力をもって霊的な物を見る」。

――その通りじゃ。考えてもごらん、もしわしらの目が健康ならよく見えるじゃろうし、病気になったら視力が落ちる。視力のよさは目が健康かどうかにかかっているのじゃ。わしらの(たましい)の健康状態も同じことでな。心の「視力」、つまり醒めた心に左右されるのじゃよ。

――長老様、どうやって心の目を開くことができますか。

――どうやってハリストスが盲人の目を開かれたとお思いかね?泥を塗りつけて治されたのじゃろうが。でも、わしらの心の目を開くには、自分から罪の汚れやホコリを取り除かなければならん。だって、こう言われているではないかの、『賢者の目から穢れを除きしゆえに』。・・・・・・もし、わしらがいまだに「自分」から、あの古ぼけた人間の皮から自由になれないのであれば、自己愛やエゴイズムや他人への追従に頑固にとらわれ続けているのであれば、心の目のするどい視力を得ることは決して出来ないじゃろう。

  人が自分の霊を善いほうへ、善いほうへと成長させていく時、それが実りをもたらせばもたらすほど、心の目が開いていくのじゃ。理性が研ぎ澄まされていくから、自分の欠点がよく見えるようになり、神様からの助けを感じるようになる。謙虚になり、自分の中の欠点を克服しようとするようになる。すると、神様の恩恵、神様からの知恵の光が自然ともたらされるようになり、その結果として人が醒めた心を勝ち得るのじゃ。そうなると、人はあらゆるものに神様の御旨を見るようになり、霊的に成長していく途中でつまづいたりしなくなるのじゃ。なぜって醒めた心というのは、ハンドルみたいなもので、人を安全に導くために欠かせないからじゃ。これがあれば、道を行く時に右や左へ逸れたりしないのじゃよ。

――長老様、いろいろと具体的なケースでどう行動すべきか分からないことがよくあるのですが。

――心の目がはっきり開くようにするために、お前さんは自分を「洗濯」する必要があるな。『ラフサイク(聖人と聖師父たちの行伝)』とか『リモナリイ』、師父バルソノフィイの『記憶すべき物語』をお読み。霊的な本能をやしなうために、自分に合うものを読むがいいよ。そうすれば何が黄金で何が銅か分かるようになるじゃろう。本物の金銀細工師、心の「宝石屋さん」になることが出来るぞ。

――長老様、師父イサークはこう書いています。「神は醒めた心を徳と見なす」。

――そうじゃ。わしらのやる事なす事すべてが神の御旨にかなうためには、徳が本当の意味で徳であるためには、醒めた心が必要なんじゃ。醒めた心というのは、徳の中の塩じゃよ。だから福音書の中でハリストスがこうおっしゃっているではないかの、「およその捧げ物は塩によって塩せられん」とな。たとえば、霊的に成長するための修行で、どれだけ醒めた心が必要であることか!人は自分の持てる力がどれくらいであるか、霊の状態がどの段階にあるのか等々、よくよく判断する必要があるのじゃ。棒を曲げすぎたら、つまり物事をやり過ぎたら、まるで何も出来ないのとまったく同じことじゃ。霊的生活に有害なもので、そりゃ大変なことじゃよ。師父たちが言っておられる通りじゃ。「持てる力以上のことをやろうとするのは、悪魔のそそのかしである」。たとえば大パイシイは、20日間食物をとらないで過ごすことが出来たが、こういう人が3日間(ものいみ)するのに何も極端なことはなかったはずじゃ。だが、身体が弱くて足が震えているような人で、1年間に一度、3日間の斎をするのもしんどいと思うような人が、こういう修行を絶えず自分に課すのは、もはや極端としか言いようがない。さっき言ったように、「悪魔のそそのかし」じゃ。

――長老様、修行の場で醒めた心が必要なのは分かりましたが、どうしてそれが別の場面でも要求されるのでしょう。具体的に例をあげてくださいませんか。

――じゃあ、お前さんを例にあげてみようかな。お前さんはな、心根はやさしい母のようであるが・・・・・・先を続けようかね?

――続けてください、長老様。

――・・・・・・やり方が意地悪な継母みたいなんじゃ。自分を犠牲にしようという心がお前さんには必要十分なくらいにある。善良さに満ちあふれているのに、醒めた心がないんじゃ。どんな人がお前さんと話していて、その人が何を必要としているのか、お前さんはまるで注意を払わん。相手にどう近づくべきか、考えない。人のまわりをまるでコマみたいに回っておるのじゃ。それでお前さんの心が見えず、そのふるまいばかり目につくものだから、人はがっかりしてしまうのじゃな。

――どうしたらいいんでしょう?

――何事も醒めた心で見ることが出来るようになるよう、神様が教えてくださるようお願いしてごらん。忍耐と祈りで自らを固めれば、醒めた心を手に入れることが出来るじゃろう。

――師父ピーメンはこう言いました。「兄弟が何を欲しているか知れ。そして彼を慰めよ」。何を言わんとしているのでしょう。

――それはな、まず兄弟、つまり自分の身近な人たちが何を必要としているか知り、それから善い意味で、つまりその人それぞれに合った慰めを与えてやれということじゃ。なぜって、愛は醒めた心を必要としているからじゃ。たとえば、たくさんおいしい物を食うのが好きな人がいたとする。こういう人にいつもうまい料理を食わしてやる必要はない。というのも、それこそ人を害するからじゃ。おいしい物というのは、食欲がなくて困っている人にこそ与えるべきでな。糖尿病の人に甘いものを与えるのは、愛と言えるかの?

――長老様、すべての人を同じように愛し、なおかつ醒めた心で愛するにはどうしたらいいのですか。

――そのようなことが出来る人というのは、皆を同じように愛しているが、愛をいろいろなやり方で表すことが出来るのじゃ。ある者は一定の距離をおいて愛する。というのも、距離を置いたほうがいい人間もいるのでな。別な者はもう少し近づいて愛する。相手の益になるよう、いろいろなやり方で愛するのじゃ。ある者とはまったく話さないほうがよいということもある。別の者には、一言二言声をかけてやり、また別の者とはもう少し長く話してもよかろう。・・・・・・とまあ、こんな具合にじゃ。

――愛をあらわしているつもりが、相手を害するということもあるのですか。

――ありがたみということを知っている人間にお前さんがたくさん愛を与えてやるとすると、相手は善い意味で変わっていき、どんな場合にでもお前さんに感謝するじゃろう。でも、あつかましい人間というのもいるのじゃ。そういう者に大きな愛を与えると、ますますあつかましくなっていくものでな。大きな愛というのは、感謝する心を知る人間をさらに善くし、ずうずうしい人間をさらにずうずうしくするものなんじゃ。だから、お前さんの愛が善い効果をもたらさないようだと分かったら、醒めた心をもって愛を少なめにしてごらん。でも、それだって相手を愛しているからこそじゃがな。

――長老様、たとえば私が善意で何か他人にしてあげたとします。それが腹立たしい結果に終わってしまうということもあり得ますか。

――もちろん、あり得るだろうね。というのも、自己犠牲だって醒めた心を必要としているからじゃ。自分の出来る限り以上のことをしないよう、よくよく気をつけなければいかん。体だって限界というものがあるじゃろう?お前さんが自分の持てる力以上のことをして、誰かがお前さんに「朝から何もしないでいる」と言ったとする。お前さんは「何て感謝の心を知らない人なんだろう。私は朝から腰を上げずに働いているのに、『何もしないでいる』だなんて!」と思うじゃろう。そこで、せっかくの労力がむだに終わってしまうというわけじゃ。

――いっとき腹立たしい思いをして、その後「これはもしかして私が悪いのでは?善いことをしてあげようと思ったのは善意からではなかったのでは?」と疑ってしまったら、この場合も私の努力はむだになってしまいますか。

――その場合は、悪霊どもがお前さんを小突いているのじゃ。そんな時は平手打ちでお返ししておやり。すると連中は逃げていってしまうよ。

――長老様、醒めた心には何か限度のようなものはありますか。

――醒めた心には限度はないし、限界もなく、また決まった規則というのもないのじゃ。あるのは「是」か「否」か、あるいは「多い」か「少ない」かのどちらかでしかない。醒めた心を持った姉妹には、何か指図したり言ったりする必要はない。こういう人たちというのは、霊的に物事を判断出来るので、結果として正しく行動するのじゃ。神様の恩恵で教えられながら、霊的な本能をやしなっておるのじゃな。

――長老様、いつか私に「お前さんは近視眼だ」とおっしゃいましたが、あれは何を意味しておられたのですか。

――お前さんは、物を見る視野がせまいのじゃ。お前さんが気にしているのはいつも表面的な規則のことばかりで、人を見ようとしないではないかの。たとえば、奉神礼の時に、お前さんはこう言うじゃろう、『この人にはあそこに立ってもらおう。あの人にはこれを歌ってもらおう』とか何とかな。

ところが『この人』に立つ力があるかどうか、『あの人』にこれを歌えるかどうか、そういうことをまるで考えもせんのじゃな。・・・・・・そういうわけで、まず「あれをすべきだ、これをすべきだ」というのを実地にどう取り入れるか、どこに当てはめるか考える必要がある。それをやって初めて、人に「これをやってちょうだい」と求めることが出来るのじゃ。お前さんには醒めた心がないので、それだから何もかも杓子定規にやろうとするのじゃ。

 そもそも、教会の規範を人々の益にかなうよう正しく行うには、その当事者が霊的に成熟し、なおかつ霊的に判断できる能力を持っていなければならん。そうでないと、ただ規範を文字として扱っているだけだということになってしまう。それは人を殺してしまうのじゃ。「教会法典集にはそう書いてある」と言っても、それを文字通りに取り入れる前に、そのつど事態を分析して取りかかる必要がある。わしが現場で見てきたことというのは、一つの事例の背後に何千もの別の事例があり得るということじゃ。教会が課す懲罰だって、課す相手の状態や、おこなった事や、どれだけ悔いているのか、その他もろもろを考慮に入れなければならんのじゃ。ここでは処方箋がたった一つというわけではない。何にでも当てはめられる万能の規則というものは存在しないんじゃ。

 どんな場合でも重要なのは、醒めた心、神様の光で照らされた智慧じゃ。だから、神様が人々に智慧を授けてくださるよう、わしはいつも祈っているのじゃ。そうじゃな、こんな風にいつも言っておる。「わがハリストスよ、私たちは自分たちの住むべき家を失ってしまいました。そしてそこにたどり着くべき道が分かりません。私たちの家、私たちの父がいます所をお示しください。どうか私たちを教え導いてくださいますよう」。

(終わり)