名古屋正教会

Nagoya Orthodox Church

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ブーリッツァの聖セラフィム

ブーリッツァの聖セラフィムはヤロスラブリ出身で、俗名をワシリイ・ニコラエヴィッチ・ムラヴィヨフといった。彼は父親を早くなくし家計を助けるために、10歳の時ペテルブルグに出稼ぎに行った。最初、配達の仕事をもらったが、店の主人は彼がまじめで賢いのを見て、セールスの仕事をさせ、だんだんと重用するようになった。

ある時仕事でモスクワに出かけた際に、至聖三者聖セルギイ修道院を訪ね老修道士ワルナワに出会った。彼はワシリイの聴罪司祭になり、二人の精神的な結びつきは20年も続いた。ワシリイは修道院に入りたいと願ったが、ワルナワはこの世にとどまって神を喜ばせるようなつとめを果たし、敬虔な家庭を作り子供たちを教育し、それから妻の了解を得て修道士になるように勧めた。この世での仕事は40年続いた。

1890年ワシリイはオルガ・イワノブナと結婚した。2年後ワシリイは店を開き毛皮商として独立した。息子ニコライと夭逝した娘オルガが生まれたあとは、夫婦はワルナワの祝福により、兄弟のように暮らし始めた。彼らの家はいつも開放され、貧しい人に食事を提供し、病人の世話をし、高齢者や苦学生を助けた。ワシリイの商売は順調でヤロスラブリ福祉協会の役員になった。
しかし1917年の革命によって商売を取り上げられ、1920年彼はアレクサンドルネフスキイ大修道院でワルナワの名で修道士になった。彼は財産をすべて修道院に寄進し、修道院では墓地の管理者の仕事をした。死者のために祈った。それから、飢えた人や戦争でけがをした人々のための救護所を開いた。

1921年、府主教ベニアミンはワルナワを司祭に叙聖した。彼は神から隣人を理解する力を得ていた。修道士たち、有名な司祭たち、信徒たちがワルナワの助言を求めてやってきた。彼はアレクサンドルネフスキー修道院の最後の聴罪司祭となった。ワルナワはサーロフの聖セラフィムの名を頂いてスヒマ修道士(厳しい戒律を守る修道士)となった。

修道院は寒かった。セラフィム神父は肉体的精神的過労のためについに体をこわしてまった。彼はそれを皆に隠して耐えていたが、ついに立ち上がれなくなってしまった。医者は彼にペテルブルグ郊外のブーリッツァ村に移るように勧めた。1930年、セラフィム神父はブーリッツァ村にかつての妻、修道女セラフィマと孫とともに引っ越した。

革命後多くの修道士たちが逮捕されたが彼は逮捕されなかった。ブーリッツァ村でも毎日100人もの人が彼を訪れた。セラフィム神父はいつも明るく、冗談を言い、人々を楽しませた。いつでも、「愛する誰それ」と呼びかけた。人々を優しいジョークでなごませ、抱きしめ、額にキスした。

セラフィム神父はサーロフの聖セラフィムと同じ偉業を成し遂げた、彼は1000日も聖セラフィムのイコンの前の石に立ち祈り続けた。1949年永眠し、ブーリッツァ近くのカザンの生神女のイコン聖堂に葬られた。
2000年10月3日にブーリッツァのカザン聖堂で、ブーリッツァの聖セラフィムとして列聖式が行われた。

聖大致命者ゲオルギイ

 四〇〇年頃に行われたディオクレティアン帝の迫害で致命(殉教)した。聖大致命者・凱旋者と呼ばれ、貧しい人々の守護者とされている。グルジアの教化者聖ニイナの親戚で、グルジアには五世紀頃、致命者ゲオルギイを記念した大聖堂が建立された。聖ゲオルギイの永眠記憶日は、三月五日。没年は不明。

 聖ゲオルギイは、四世紀の初め頃、ローマ皇帝ディオクレティアンの時代に、致命しました。ゲオルギイの母は、パレスティナに莫(ばく)大な財産を持っていましたが、父が迫害によって亡くなったためゲオルギイが幼い頃にローマに移住しました。
青年ゲオルギイは、近(この)衛(え)兵(へい)になりました。近衛兵の長官は、彼の容貌が美しく、勇敢なのを見て、大変彼を愛して彼が二十歳になった時、千人隊の隊長に任命しました。彼の母は息子の昇進を見た後、この世を去りました。
ディオクレティアン帝は、ゲオルギイが近衛隊の要職に就任し、重要な会議に出席していることは知っていましたが、彼がどういう宗教を信じているかは知りませんでした。皇帝は、やがてキリスト教迫害の勅令をくだし、すべての祈祷書を焼き、全国の聖堂を破壊しハリステアニンを次々に逮捕しました。

 これを見たゲオルギイは、死を決意して自分の全財産を友人に分け与え、長い間使っていた奴隷を解放し、貧しい人々に田園や財産を分配しました。そして勇敢な彼は、自分の全財産を処分した後、ハリステアニンへの刑罰・判決を定めるために開催されたニコメディヤの会議に出席し、皇帝や貴族・役人たちに激しく反論しました。
 「皇帝陛下をはじめとする人々よ。なぜ法律を盾(たて)にして、悪事を行おうとするのですか。なぜ罪を犯さず、善良・敬虔な行いをする人を迫害するのですか。あなたがたは、偶像を崇拝していますが、イイスス・ハリストスこそ真の神なのです。陛下もほかの方々も、願わくは、真理を求めて下さい。そして真理を探求する人々を迫害しないで下さい」
 これを聞いた人々は、ゲオルギイが突然やってきて激しく反論したことに驚き、ひと言も返答することができませんでした。ディオクレティアン帝も大変驚き、しばらくの間沈黙を守っていましたが、やがて一人の官吏マグネンティを立てゲオルギイに対して質問するよう命じました。
 マグネンティは、ゲオルギイの前に立って「誰がおまえにそれを言わせたのか」と尋ねました。彼は「真理です」と答えました。マグネンティは真理とは何かと問いました。彼は迫害されているハリストスであると答えました。さらにマグネンティは、「あなたもハリステアニンなのか」と問いました。

 ゲオルギイは、「わたしはハリストスの僕(しもべ)です。わたしの希望は、神の真理を証(あか)しすることです。わたしはそのために、この会議場に来ました」と言いました。
これを聞いた人々は、大声でわめきながらゲオルギイを叱責しました。しかし、ディオクレティアン帝は、人々を制止して静かにさせ自らゲオルギイに語りかけました。
「ゲオルギイよ。わたしはよくおまえのことを知っているし、おまえの勇敢さを愛し、爵位(しゃくい)を与えた。それゆえ、おまえのこれまでの功績をたたえて、今の無礼な言動を赦そうと考えている。わたしは、おまえの父として、おまえを教えさとすつもりだ。自分で自分の破滅を望んではならない。この憐れみを拒否してはならない。すぐにここから出て行って、諸神に燔(はん)祭(さい)をささげるのだ」

 ゲオルギイは、次のように答えました。
「皇帝陛下、むしろご自分から進んで真の神に帰正して賛美の祈りを献げて下さい。そうするならば、神は、陛下に天国をお与え下さるでしょう。なぜなら地上の権威は必ず衰えるし、その栄華が続くことはありません。ですからこの世で真の幸福を得ることはできません。またこの世のさまざまな楽しみでさえも、わたしたちを神から遠去けることはできません。わたしたちは、苦難を恐れて信仰を捨てることはありません」
ディオクレティアン帝は、この言葉を聞いて激怒し、ゲオルギイを牢獄に入れ、足かせをはめ、胸の上に重い石を載せました。しかしゲオルギイは、意気盛んでした。彼はこの苦しみに耐え、神に感謝の祈りを捧げました。

 翌日の朝、ディオクレティアン帝は、ゲオルギイを自分の前に引き出して訊問(じんもん)しました。
 「ゲオルギイよ。おまえは心を入れかえたか」
 ゲオルギイは、静かに答えました。
 「皇帝陛下。あなたは少しばかりの苦しみで、わたしの信仰がくじけるとお考えですか。わたしの信仰を試みるよりは、むしろわたしにすぐに苦しみを与えて下さい」
 ディオクレティアン帝は、すぐに研(と)ぎすまされた鋭い刃をつけた車を運び入れるよう命じ、ゲオルギイを車裂きの刑にかけました。
 ゲオルギイは初めのうちは、大きな声で神に賛美を捧げていましたが、やがて声が小さくなり、ついに沈黙してしまいました。皇帝は、ゲオルギイの神をののしり、「ゲオルギイよ。おまえの神はどこにいるのか。なぜおまえの神は、おまえをこの苦難から救わないのか。」と言いました。そしてからだ中を引き裂かれたゲオルギイの遺体を車からおろすよう命じたあと、邪神アポロンの神殿に行きました。

 皇帝が去った後、突然、空に雷鳴がひびきわたり、稲妻がはしり、多くの人々が天を見上げると天より声がしました。「ゲオルギイよ、恐れてはいけない。わたしはおまえと共にいる。」
 そして神の使いが現われて、致命者ゲオルギイのからだに手をのばして傷をいやしました。ゲオルギイは、自分から車をおり、神を賛美し、感謝の祈りを捧げました。これを見た兵士たちは恐怖におびえ、偶像をおがんでいる皇帝の所へと報告するために走りました。ゲオルギイも、兵士たちの後を追って神殿へと向かいました。兵士たちの報告とゲオルギイが生き返って神殿に来たことで、ディオクレティアン帝は、真の神の存在を少しは信じるようになりました。
 しかし皇帝の侍従アナトリイとプロトレオンの二人が、ハリステアニンの神こそ唯一の大いなる神であると宣言したのを聞いたディオクレティアン帝は、二人を厳罰に処しました。また多くの人々が、真の神への信仰を持ちましたが、皇帝の怒りを恐れて信仰を表明しませんでした。皇后アレキサンドラも、信仰を持ち始めていましたが、周囲の人々にいさめられて表明してはいませんでした。
このように多くの人々が信仰の道に入り始めていたにもかかわらず、皇帝はいあまだにその教えを拒否し、再びゲオルギイを生石灰(せいせっかい)の穴の中に生き埋めにしました。ゲオルギイは神に祈りを捧げ、十字架をかきながら落ち着いてその穴の中に入りました。

 数日後、皇帝は、ゲオルギイの遺体を引き出すように命じました。ところが彼は生きており、ますますその顔は光り輝いていました。これを見た人々は、大変驚き、ゲオルギイを称賛しました。
 皇帝は、この知らせを聞いて、あわてて使者をゲオルギイのもとに遣わしました。
 ゲオルギイは、「皇帝陛下。あなたはこのような奇蹟を見たにもかかわらず、なぜ神を受け入れないのですか。あなたは、真の神の力を妖術だと言いました。もはやわたしには、あなたへの答えがありません。ただあなたが盲(めくら)であることを残念に思うばかりです。」と使者に答えました。

 ある日のこと皇帝は、ゲオルギイを召し出して質問しました。
 「神の教えとは、どういう教えなのか。」
 ゲオルギイは、次のように答えました。
 「主なる神は、あなたのような悪い人を予知して、わたしたちに『肉体を殺しても、魂まで滅ぼすことのできない者』を恐れてはいけないと言われました。また主は、この戒めを守る者には、大いなる仁慈を与えると約束されました。そして神の力を与えると言われました。」
 皇帝は、「神の力とは何か」と問いました。ゲオルギイは、「ハリストスが、病人をいやし、死者を復活させ、目の見えない人をいやし、耳の聞こえなかった人を治されたことです。」と答えました。

 この時集まっていた異教の神官らは、ゲオルギイに向かって死者を復活させてみよ、と言ってその日に亡くなった人の遺体を持ってきました。するとゲオルギイは、しばらくの間祈っていましたが、やがて主のみ名によって、死者を復活させました。
 しかし皇帝はますます怒り、再び彼を牢獄に投じ、死刑の宣告まで外出を禁止しました。
 ゲオルギイに対して死刑が宣告された夜、救い主が彼の前に現われて慰め、励まし、彼が天国の福楽にあずかることを約束されました。そのあとゲオルギイは、獄舎の番人にお願いして、一人の忠実な老僕を獄舎に呼びました。老僕は、自分の主人を見て悲しみ嘆き、泣きながらゲオルギイの足下にひれ伏しました。彼は老僕を慰め、以前命じておいた通りに財産を処分するよう言いました。

 朝になり役人たちは、ゲオルギイがハリストスの教えを棄てるならば、珍しい宝石や器を与えようと言いました。ゲオルギイはこれを断りましたが、アポロン神殿に行かせて欲しいと願い出ました。皇帝は、彼がハリストスの教えから離れるのだと思ってこれを喜び、群衆と共にアポロン神殿へ行きました。
 ところがゲオルギイは、アポロン神殿に立って、これらの神々が偽りの神であることを宣言し、祈りの力によってあらゆる偶像を破壊してしまいました。皇后アレキサンドラは、ただちに神殿に駆け上り、「ゲオルギイの神よ、わたしを憐れんでください。あなたこそ真実の神、全能の主であらせられます。」と叫び、ゲオルギイの足下にひざまづきました。
これを見たディオクレティアン帝は激怒し、皇后アレキサンドラにも死刑を宣告し、二人を刑場へ連行しました。皇后は、天を仰ぎ祈りを唱えながら歩いていましたが、ついに倒れしばらくの間道傍の壁によりかかって休みました。しかし皇后はついに立ち上がることもできずに、その場で息を引きとりました。
 ゲオルギイは、皇后の永眠を見て神を崇め讃めながら刑場に入り、自分から進んで頭を剣の下に伸ばし斬首刑に処せられました。

聖ゲオルギイの龍退治

 聖大致命者を埋葬した地から少し遠いリワン山のふもと、ウィリタ城の近くに湖があり、そこにしばしば龍が現われ、毒気を  吐いて空気を汚し、人や家畜を悩ませていました。

 人々は異教徒で、どうしたらよいのかを知らずに困っていました。ある時、異教の祭司が、「毎年、各家々から順番に、女の子一人を龍に献げれば、この害からのがれられるであろう」と告げました。人々は、ほかに良い方法もないので、祭司の言う通りに毎年女の子を湖の岸に置き、龍に食べさせていました。
ある時、順番が王家に及び、ウィリタ王の一人娘を献げることになりました。王女は、悲嘆にくれて泣きながら湖岸に立ち、死を待っていました。
 そこへ一人の兵士が白馬に乗り、槍(やり)を手にして現われました。この兵士が、聖大致命者ゲオルギイでした。ゲオルギイは、王女に、どうして泣いているのかを尋ねました。
 王女は、「若者よ、すぐにここを立ち去って下さい。わたしと一緒にいると殺されてしまいます。」と言いました。
兵士は、「王女よ、恐れてはいけない。わたしが真実の神の名によって龍を退治いたします。」と言いました。王女は、兵士に言いました。「優しい若者よ。わたしは死ぬ者と定められています。ですからもう悲しんではいません。あなたは、わたしを救おうとして、自分を死に追いやってはいけません。」

 王女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、龍が湖より現われ、王女に近づいて来ました。王女は大声で、「若者よ、逃げなさい」と言いました。神の兵士は、身に十字架をかき、聖三者の助けを祈りながら、龍を槍で突き殺しました。そして王女をしばっていた縄で龍を縛り、王女と共にウィリタ城に帰りました。龍はそこで人々によって焼かれました。人々はこれを喜び、洗礼を受け、ハリストスの信徒になりました。
 このためゲオルギイは、「凱旋(がいせん)者」と唱えられ、兵士の守護者となっています。

 正教会では、次のようにゲオルギイに祈りを捧げます。
『俘者(とりこ)の救援者、貧民の守護者、柔(にゅう)弱(じゃく)者の医者、諸王の護衛士、凱旋の大致命者よ、我らの魂の救われんことを、ハリストス神に祈りたまえ。』

聖致命者エウプル

 聖エウプルは、ローマ皇帝・ディオクリティアンによる恐ろしい迫害の中、シチリア島にあって、輔祭として神のみ旨に生きていました。
 当時、皇帝は『聖書』を携えることを厳禁し、役人はそれを見つけると、直ちに焼いてしまいました。しかし、正教徒たちは『聖書』を不敬虔な者に手渡すよりは、むしろ刑に処せられる方を望み、死をもってこれを守りました。
 聖エウプルは、このような迫害を少しも恐れず、常に祈祷と教訓をもって人びとの信仰を固めることに努めました。ところがある日、一日中家で『聖書』を読んでいると突然、役人に捕らえられ、『聖書』を持ったまま裁判所へ連れて行かれました。

 裁判長は彼を見ると、「お前はどうしてその書物を持っているのだ?」と言いました。 

 エウプルは静かに、「・・・・・・捕らえられる時、これを読んでいたのです」と答えました。

 すると、裁判長は、「その書物の中の一節を読んでみろ!」と命じました。

 このため、エウプルは書物を広げて、「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、――天国は彼らのものである」(マトフェイ5・10)

「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(マルコ8・34) と大きな声で読み上げました。

 裁判長はこれを聞くと、「それは、何のことを言っているのだ?」とエウプルに尋ねました。

 すると、エウプルは、「これは、主イイスス・ハリストスが私たちに与えた戒めです」と答えました。

裁判長は、人びとの信仰を固めているエウプルを何とか正教のみ教えから背かせようと説得し、さらには拷問にかけました。が、全く効果がなかったため、彼を牢獄につないでおくように命じました。

その後も何度となくエウプルは裁判所に呼び出され拷問を受けましたが、彼はその都度、「・・・・・・この書物の中には“永遠の生命”が描かれています」と言い続け、信仰を固く守り通しました。

 このため、裁判長はエウプルを独房に入れ、食べ物や水を与えずに彼を苦しめようとしました。エウプルは、ただひたすら主へお祈りを捧げました。――すると、主は奇蹟をもって独房内に水を湧き出させました。

このように、どのような手段を用いてもエウプルが正教のみ教えに背かなかったので、裁判長はとうとう彼に死刑を宣告しました。

こうして、エウプルは首に『聖福音書』をかけられて刑場に引かれて行きました。聖エウプルは刑を受けるまでの間、ずっと人びとに教訓を与えました。・・・・・・そしてとうとう、処刑が始まりました。すると 突然、天より、「忠信なる善僕、エウプルよ、あなたは幸いである。――さあ、主の楽園に入りなさい」という声がありました。・・・・・・その瞬間、エウプルは首をはねられて致命したということです。

大致命女 聖エカテリーナ

 紀元2世紀末、ローマ皇帝マクシミアンの時代、アレキサンドリヤ城にエカテリーナという貴族の娘がいました。その母はハリスティアニンでしたが、当時キリスト教は迫害されていたので、迫害を恐れて信仰を深く秘めていました。処女(おとめ)エカテリーナは容姿端麗、聡明で哲学に秀で、詩歌の教養も深く、また医学にも練達していたので、十八歳の頃からその名を世に広めていました。彼女の容姿と教養が有名だったので、ローマ帝国中の青年貴族はこぞって求婚しました。彼女の母や親族は、良縁があれば嫁ぐようすすめましたが、決して首を縦に振りませんでした。エカテリーナに求婚したひとりの貴族は、側近の者に彼女のすばらしさをこう洩らしたということです。

 「私の妻を探すなら、爵位・富・容貌・学識等が私と同等の女性を探すことだ。しかし、世の中にこれらをすべて備えた者は少ない。皇族の中には確かに名誉や富を持つ者はいる。だが美貌と聡明、博学を兼ね備えた女性はエカテリーナの他にはいないだろう」

 この頃アレキサンドリヤ城の近くの野に高徳な老修道士がいました。彼はエカテリーナの母の霊父だったので、母は自分の愛するひとり娘のことを相談しようと、エカテリーナを連れてそのもとへ行ったのでした。 老修道士はエカテリーナの聡明さを知り、真の神について学ばせようと考え、彼女に言いました。

 「私はひとりのすばらしい少年を知っています。あなたは色々な才能を持っているようですが、彼の方がすべて勝っています。

 その容貌は清らかで太陽のように輝き、その叡智は全世界を治めるに余りあるほどです。また富は、常に人びとに施し続けても少しも減ることがありません。そして彼の爵位に至っては、言葉が見つからない位です。天下に彼のような人がいるでしょうか」

 エカテリーナはこれを聞いて心が動き、姿勢を正して問いました。
 「本当にそのような人がいるのですか?」
 老修道士は言いました。
 「そうです。本当にいるのです。彼はこれらの才能の他にも、言葉では言い表せない美徳を兼ね備えています」

 エカテリーナは重ねて問いました。
 「あなたがそのように賞讃される方は、いったいどこのどなたなのですか」

 老修道士は答えて言いました。
 「その人は、地上には父はいません。奇蹟をもって至聖・至潔なる処女(おとめ)マリヤより生まれたからです。処女(おとめ)マリヤはご自身の至聖・至潔によって、その方の母となったのです。その後マリヤは永遠の魂を得て天に昇り、今や天の女帝の如く讃美されているのです」

 彼女はその話に()かれ、「私は高徳な方にお会いすることが出来るでしょうか」と問いますと、老修道士はんで言いました。 「私の言う通りにすれば会うことが出来るでしょう」

 そして生神女マリヤがハリストスを抱いたイコンを取り出し、エカテリーナに持って帰り、自分の部屋にかけて夜の明けるまでその前で祈るよう命じて言いました。
 「さっき私が話した人の母、処女(おとめ)マリヤのイコンです。熱い信仰心をもってマリヤに祈りなさい。至聖なるマリヤは、あなたの望みを満たして下さることでしょう」

 エカテリーナは老修道士と別れて家に帰ると、彼の言葉に従って自分の部屋で熱心に祈りを捧げていましたが、途中で疲れて眠り込み、奇妙な夢を見ました。
 夢の中にハリストスを抱いた生神女マリヤが現れ、エカテリーナの前に立ちました。マリヤに抱かれた幼な子からは、太陽のような光が四方に輝いていました。エカテリーナは幼な子の顔を見ようとしましたが、うつむいているためにどうしても見ることが出来ません。
 エカテリーナが困っていると、マリヤが幼な子の顔を向けさせようとして、エカテリーナの美しさを告げました。すると幼な子は母マリヤに答えました。

 「彼女は容貌も醜く、貧しい娘です。私の顔を見せるに値しません」

 マリヤが「ご自分の造ったものを悪く言わないでください。彼女はどうしたらあなたのお顔を見ることが出来るのでしょう。彼女に教えてあげてください」と言うと、幼な子は答えて言いました。
 「老修道士のもとへ行って、なすべきことを聞きなさい。彼の言葉に従い、それを行うならば、私の顔を見、私の栄光を飽きるほど受けられるでしょう」

 夢から覚めたエカテリーナは大いに心服して、夜明けとともに直ちに老修道士のもとへ行き、その足元に(ひざまず)いて教えを乞いました。
 老修道士は大いに喜んでハリストスの教えを説き明かし、天国の幸福と罪人の悲惨について語ったのでした。

 エカテリーナは、もとより博学・賢明な女性なので、すぐにキリスト教の真理を悟り、真理を信じ、遂に洗礼の機密を受けたのでした。
 かくしてエカテリーナは洗礼を受け、霊魂を更正し新たなる人として家に帰ると、神のみ前に伏して、今までの自分を悔いて祈りを捧げました。

 しばらく祈祷を続けていましたが、ついに疲れて眠ってしまいました。すると再び夢の中に神の母を見ました。しかし今度は幼な子イイススは、彼女に平安かつ光り輝く顔を向け、静かに愛に満ちた眼を注がれました。
 マリヤが「今のエカテリーナはあなたのみ旨にかなっていますか」と尋ねますと、ハリストスは答えて言いました。
 「この処女(おとめ)は、以前は貧しく愚かでしたが、今は最も美しく賢い女性となりました。私はこの処女(おとめ)を、今より永遠に私の妻にしたいと思います」
 彼女はその言葉を聞いてひれ伏して言いました。

 「尊貴なる主よ。私は卑しく不肖な者です。このような私があなたの国に入ることが出来ましょうか。けれど、願わくは私をあなたの(はしため)としてくださいますように」

 すると生神女マリヤがエカテリーナの右手を取り、ハリストスが彼女の指に指輪をはめて「地上において結婚しないように」と言われたのでした。
 眼を覚まし、自分の指を見ると、見たこともないような美しい指輪が光っていました。エカテリーナは非常に喜び、このときから心を一変して現世に惑わされることなく、常に彼女の霊魂は神の愛に満たされ、ただ天上の新郎たるハリストスのみを慕っていました。

 当時ハリスティアニンを最も残酷に処罰したマクシミアン帝がアレキサンドリヤ城を訪れ、異教の大祭を盛大に挙行しようと四方に使者を遣わして、布告しました。皇帝の命により諸城の人民は、それぞれ献げ物を携えてアレキサンドリヤ城に集まり、城中に満ちた頃偶像の祭を始めました。

 エカテリーナは、皇帝と人民の愚かな行為を見て悲しく思いましたが、気を取り直して数人の従者とともに偶像の神殿に入っていきました。ちょうど献祭の最中でした。

 祭に集まった人びとは彼女の美しさに驚き、息をのんで注目しました。
 それに気付いたマクシミアン帝は彼女に近づくことを許しました。
 彼女は帝の前に進み、ていねいに挨拶すると言いました。

 「我が王よ。あなたは卑しい偶像を拝んでいることを恥ずかしいと思わないのですか。世の学者が言うには、あなたが神と崇めているのは国家に功績のあった人の像だそうです。そのような偽りの神々は捨て、始めなく終わりない神の神を信じ、礼拝することです。真の神なくして世界列国の王は存在しません。

 神は私たち罪人を救うためにこの世に降って人体をとり、真の神の教えを伝え、遂に十字架上で死なれて私たち罪人を救ってくださいました。

 真の神はこのような方なのですから、異教の神々のように献げ物など喜ばず、犠牲を楽しむこともありません。ただ私たちが聖なる戒めに従い、行うことを望んでおられるのです」

 皇帝はエカテリーナの言葉を聞いて激怒しそうになりましたが、かろうじて押さえ「後日また語り合おう」とだけ言って彼女を下らせ、なおも偶像の祭を続けさせたのでした。

 偽教の祭典が終わった後、皇帝は再びエカテリーナを召しましたが、彼女の絶世の美貌に驚き、思わず「名を何という。誰の娘で何の宗教を信じているのだ」と問いました。
 エカテリーナは静かに答えました。

 「私はエカテリーナと申します。私の家はあなたの前のこの国の王家でした。私は世のすべての学問を学び、その空しさに気付きました。そして今や私は、その昔預言者が『智恵者の智恵を滅ぼし、賢者の賢さを空しくさせる者』と賞した、主イイスス・ハリストスの新婦となりました。

 私の肉体は塵と同様です。しかしこのような私にさえ美しい顔を恵み、智恵を与えたことによって、この世の人びとにご自身の全能を示されました。

 これに比べてあなたの崇拝する神々の、なんと卑しいことでしょう。全くの偽教であり、あなたがたを罪に沈めるだけです」

 皇帝は大いに怒り「お前は栄えある我らの神々を冒涜するのか」と声を荒らげました。
 エカテリーナは屈せず答えました。

 「皇帝陛下。あなたがもしご自身のまわりの黒雲を払い去ろうと思うなら、神々の偽りを悟り、真の神を認識することです」

 皇帝はエカテリーナと論争を続けることを避けようとして、「王たる者は婦女子と争うものではない。そこで私は智恵者・学者を国中から集め、お前と議論させよう」と言いました。

 こうしてエカテリーナは捕らえられ、皇帝の命により全国から学者が集められました。皇帝は学者達に彼女の過ちを証明させ、神々を礼拝させようと考えたのでした。

 招かれた学者は五十人以上にのぼり、人民もこの宗教論争を聞こうと、ぞくぞくと集まりました。

 エカテリーナは皇帝に召されましたが、泰然とそれに応じました。なぜなら、これより先に神使長ミハイルが彼女に現れ「全能の神は、あなたに学者達を論破する力を授け、さらに群衆をキリスト教に改宗させることを約束された」と告げたからでした。

 エカテリーナが皇帝のもとへ行くと、直ちに議論が始まり、学者らは異教の神々の正しさを証そうとしました。温和なエカテリーナはまず相手の主張を聞いた後、哲学者と詩人の言葉を引用して神々の偽りを示し、次いで哲学者・詩人の書を引いて、彼らが真の神の教えが現れると預言した部分を示し、さらに会衆にイイスス・ハリストスについて教えようとして言いました。

 「主は罪ある者をも愛し、悔やむ者の罪を赦してくださいます。

 主は言われました。『疲れた者、重荷を負う者よ。私のもとに集いなさい。あなたがたに安息を与えよう』と。

 今、私はあなたがたにお願いします。どうか偽りの神々を捨て、真の神の信じて救贖を得る人となってください」

 学者らはエカテリーナの熱心かつ明確な答弁に舌を巻き、とても反論出来ないと考えて議論を中断してしまいました。
 帝はその弱腰に怒り、死刑にすると嚇かしましたが、彼らは逆にエカテリーナの説く真の神を信じ、また神のために苦しみを受けて死ねば、その苦しみが彼らにとって洗礼となり、天国に行けると聞いたので、皆喜び勇んで主イイススのために致命していきました。

 学者らの致命を見ても皇帝は悟らず、また処女エカテリーナを自分のものにしたいという気持ちも断ち切れませんでした。

 そこで方法を変え、自分の妻となるならローマ帝国の半分をお前に与えようと約束しました。しかし彼女の心は少しも動かず、「私にとって皇后の衣服をつけるよりも、致命者の衣を着る方がはるかに喜ばしいことです」と言って従いませんでした。

 帝は今度は極刑に処すと嚇かしましたが、少しもひるまず「私を苦しめることは、多くの人びとが天国の幸いに授かるということです。私は喜んで苦しみを受けましょう」と宣言したのでした。

 帝は直ちに鞭打ちを命じ、エカテリーナは文字通り満身(まんしん)創痍(そうい)のありさまで獄舎につながれてしまいました。

皇帝は長くエカテリーナを幽閉し、飢えと渇きで彼女を苦しめようとしましたが、主は絶えず彼女に恵みを与えられました。例えば毎日鳩を遣わして食物を与え、また彼女の信仰を固めるために奇蹟をもって眼前に現れ、慰め助けたのでした。

ある日のこと、主イイスス・ハリストスが天の軍勢に守られて彼女の前に現れて言いました。

「エカテリーナよ。恐れることはない。私はいつもあなたとともにいるのです。ですから不屈の精神をもって多くの人を私のもとに帰すよう努力しなさい」

しばらくすると、皇帝は国事でアレキサンドリヤを去りました。

皇后アウグスタは、エカテリーナの容姿の美しさと聡明さを伝え聞いており、一度自分のもとに招きたいものだと思っていました。そしてある夜不思議な夢を見てからは、ますますその思いがつのり、側近の百夫長ポルヒリイに頼んで彼女を招くことにしました。その夢とは、美しい白衣を着て、美しい少年少女に囲まれたエカテリーナがアウグスタを招き、頭に黄金の冠を被らせて「アウグスタよ、天地の主ハリストスがこの冠をあなたに贈られました」と言って微笑んだのでした。

皇后は夢のことをポルヒリイに語り、「エカテリーナを実際に見ないと気がすまない」と言いました。そこでポルヒリイはエカテリーナを連れて来ることを約束して自分の家に帰りました。

ある夜のこと、百夫長ポルヒリイは自ら皇后アウグスタを聖エカテリーナの繋がれた獄舎に導きました。その時、聖エカテリーナの顔は光り輝いたので、皇后は怖れて彼女の足下に伏し、「私はあなたのお顔を拝し、大いなる幸福を感じています。今や私は、たとえ皇后の地位や自分の生命を失ったとしても、何の悔いもありません。あなたは天地の造り主なる神に親しみ、奇蹟をも行う力を受けた方です。あなたこそ、本当に至福にして讃美に価するお方です」と言いました。
するとエカテリーナは答えました。

「皇后よ。あなたもまた至福に価する方です。 私はあなたが神からの金冠を被ったことを知っています。あなたも一時の苦しみを受けることによって金冠を授けられ、限りない天国の幸いに預かり、神のおそばに行くことを赦されたのです」

皇后は苦難、特に残酷極まる自分の夫を怖れていると告白すると、エカテリーナは力づけて言いました。

「主イイスス・ハリストスは、常にあなたとともにおられます。一時の身体の苦しみを忍べば必ず天国に行き、永遠の平安を得るのです」

ポルヒリイはずっとふたりの会話を聞いていましたが、ふいにエカテリーナに「ハリストスは、信ずる者に何を与えてくださるのでしょう。私はたった今から、主の兵士となりたいのです」と尋ねました。

エカテリーナが逆に、ハリストスの教えを聞いたことがないのですかとたずねると、彼は申し訳なさそうに、自分は幼い頃から軍事にのみ心を労した、剛勇だけが取り柄の軍人です、と言いました。

そこでエカテリーナはポルヒリイとともに集まった兵士達にキリスト教の要理を説き、仁慈にして人を愛する神は、ご自分を愛する者と、み旨に従う者のために天国の門を開いてくださると述べました。

皇后アウグスタをはじめ、百夫長ポルヒリイとその兵士達はその教えを聞いてハリストスを信じ、聖エカテリーナに別れを告げて、おのおのの家に帰ったのでした。

しばらくして皇帝は再びアレキサンドリヤに戻り、エカテリーナを獄舎から引き出しましたが、彼女の容貌は少しも衰えず、かえって以前より美しく輝くようでした。

皇帝は不審に思い、彼女に投獄され飢え渇いていたはずなのにどうして衰えていないのか詰問するとともに、獄舎の番兵が食物を与えていたのではないかと疑い、これを処罰しようとしました。

聖エカテリーナは帝に答えて言いました。
「私は誓って獄舎の中で人の手に養われたのではありません。神自ら私を養ってくださったのです」

そこで皇帝は、またも彼女の心を奪おうと、優しい言葉で誘いました。
「エカテリーナよ。お前の美貌、知性と教養は、我らの神アルテミタにも勝るものがある。お前は空しくその美貌を失ってもよいのか。私の言葉に従ってこの国を動かし、快楽を極めようではないか」

しかし彼女は「私の美しさなど、取るに足りません。人は塵より生じ、再び地に帰すからです」と答えました。

皇帝の苦心も空しく聖エカテリーナの心は微動だにしなかったので、帝は大いに怒り、憎悪はますますつのりました。鋭い剣のついた処刑用の車を持ち出し、彼女に示して言いました。
「われわれの崇拝する神々を拝まないなら、この刑具で世にも恐ろしい目にあわせてやる」

エカテリーナがその刑具を見ても恐怖の色を現さなかったので、帝はそれで酷く苦しめるように命令しました。兵士が刑を執行しようとすると、突然天空から天の軍勢が現れ、たちまち刑具を打ちこわしたので、エカテリーナは少しの傷も負いませんでした。

その様子をつぶさに目撃した群衆は大いに怖れおののいて「ハリスティアニンの神のなんと偉大なことか!」と口々に呼ばわったのでした。

皇后アウグスタはその声を聞くと宮中から走り出て、大声で皇帝の非を責めたので皇帝は怒り、こともあろうに自分の妻に対して死刑を宣告したのでした。

 皇后アウグスタは死に臨む時、聖エカテリーナに対し「全能の神の(はしため)よ、私のために祈ってください」と言いますと、エカテリーナは答えました。
「安心して逝きなさい。あなたは天国に入り、限りない平安を約束されているのですから」

アウグスタは心安らかに致命しました。

百夫長ポルヒリイは、その夜ハリストスを信じる兵士らとともに皇后の遺体を葬り、皇帝の前に進み出て、彼らもまたハリスティアニンであることを述べ、帝が死刑を宣告するのを聞くと一同大いに喜び、ハリストスのために致命していきました。
翌日、皇帝はもう一度エカテリーナを召して言いました。
「お前は大きな罪を犯した。お前は私の妻を失わせたのみならず、勇敢な兵士を多数滅ぼし、また人民の心を惑わしたのだ。しかしお前を殺すのは、あまりに忍びない。神々を礼拝すれば、その罪をことごとく赦そうではないか」

帝は言葉を続け、「お前は私と一緒に全国を支配するのだ。どこの国の皇后も受けたことのない富と快楽とを、お前に与えよう」と優しく諭したのです。

しかしそんな虚言に惑わされるエカテリーナではありません。彼女はますます信仰を堅め、心が動く様子がありません。皇帝は、ここで初めて彼女の信仰の堅さを悟り、万策尽きて死刑を命じたのでした。

かくして聖エカテリーナは刑場に引き出されました。その時多くの人が彼女に従い、処刑を悲しんで涙を流しました。

ことに彼女と同年代の女性は、その知性と美貌を惜しみ、どうか帝の命令に従うようにと勧めました。

彼女はその声に答えて言いました。

「どうか私の死を悲しまないでください。今日私は主イイスス・ハリストスにお会い出来るのですから。主は私のような卑しい者をも天国の幸いに預からせてくださるのです。

それよりも自分自身の不幸を嘆きなさい。主イイスス・ハリストスを信じない者は、永遠に罪の淵に沈むからです」

聖エカテリーナは死に臨み、天を仰いで祈りました。

「主イイスス・ハリストスよ。あなたは私を堅い信仰の岩に立たせ、また正しい道を示してくださいましたことを感謝します。

どうか私を献げ物として、私の霊を受けてください。また私が知らないうちに犯した多くの罪をお赦しください。あなたが十字架上で流された尊血をもって、私の罪をお赦しください。

そして主よ。私が刃に倒れた時は、どうか私の(むくろ)を敵の目にさらさないようお願いいたします。

 天にいます主よ、地上の罪人を顧み、彼らの心を開かせ、真の神を知らしめてください。私の死をもって多くの人に主を知る機会となし、あなたの大いなる憐れみと威光とを示してください」

エカテリーナが祈祷を終わると同時に刑は執行され、永眠したのでした。

伝説によれば、その時天使が現れて聖エカテリーナの遺体をシナイ山に運んでいったということです。またエカテリーナ致命から200年余り後、シナイ山の修道士が彼女の首と手を発見し、その不朽体を修道院の聖堂内に安置したと言われています。

 紀元2世紀末、ローマ皇帝マクシミアンの時代、アレキサンドリヤ城にエカテリーナという貴族の娘がいました。その母はハリスティアニンでしたが、当時キリスト教は迫害されていたので、迫害を恐れて信仰を深く秘めていました。処女(おとめ)エカテリーナは容姿端麗、聡明で哲学に秀で、詩歌の教養も深く、また医学にも練達していたので、十八歳の頃からその名を世に広めていました。彼女の容姿と教養が有名だったので、ローマ帝国中の青年貴族はこぞって求婚しました。彼女の母や親族は、良縁があれば嫁ぐようすすめましたが、決して首を縦に振りませんでした。エカテリーナに求婚したひとりの貴族は、側近の者に彼女のすばらしさをこう洩らしたということです。

 「私の妻を探すなら、爵位・富・容貌・学識等が私と同等の女性を探すことだ。しかし、世の中にこれらをすべて備えた者は少ない。皇族の中には確かに名誉や富を持つ者はいる。だが美貌と聡明、博学を兼ね備えた女性はエカテリーナの他にはいないだろう」

 この頃アレキサンドリヤ城の近くの野に高徳な老修道士がいました。彼はエカテリーナの母の霊父だったので、母は自分の愛するひとり娘のことを相談しようと、エカテリーナを連れてそのもとへ行ったのでした。 老修道士はエカテリーナの聡明さを知り、真の神について学ばせようと考え、彼女に言いました。

 「私はひとりのすばらしい少年を知っています。あなたは色々な才能を持っているようですが、彼の方がすべて勝っています。

 その容貌は清らかで太陽のように輝き、その叡智は全世界を治めるに余りあるほどです。また富は、常に人びとに施し続けても少しも減ることがありません。そして彼の爵位に至っては、言葉が見つからない位です。天下に彼のような人がいるでしょうか」

 エカテリーナはこれを聞いて心が動き、姿勢を正して問いました。
 「本当にそのような人がいるのですか?」
 老修道士は言いました。
 「そうです。本当にいるのです。彼はこれらの才能の他にも、言葉では言い表せない美徳を兼ね備えています」

 エカテリーナは重ねて問いました。
 「あなたがそのように賞讃される方は、いったいどこのどなたなのですか」

 老修道士は答えて言いました。
 「その人は、地上には父はいません。奇蹟をもって至聖・至潔なる処女(おとめ)マリヤより生まれたからです。処女(おとめ)マリヤはご自身の至聖・至潔によって、その方の母となったのです。その後マリヤは永遠の魂を得て天に昇り、今や天の女帝の如く讃美されているのです」

 彼女はその話に()かれ、「私は高徳な方にお会いすることが出来るでしょうか」と問いますと、老修道士はんで言いました。 「私の言う通りにすれば会うことが出来るでしょう」

 そして生神女マリヤがハリストスを抱いたイコンを取り出し、エカテリーナに持って帰り、自分の部屋にかけて夜の明けるまでその前で祈るよう命じて言いました。
 「さっき私が話した人の母、処女(おとめ)マリヤのイコンです。熱い信仰心をもってマリヤに祈りなさい。至聖なるマリヤは、あなたの望みを満たして下さることでしょう」

 エカテリーナは老修道士と別れて家に帰ると、彼の言葉に従って自分の部屋で熱心に祈りを捧げていましたが、途中で疲れて眠り込み、奇妙な夢を見ました。
 夢の中にハリストスを抱いた生神女マリヤが現れ、エカテリーナの前に立ちました。マリヤに抱かれた幼な子からは、太陽のような光が四方に輝いていました。エカテリーナは幼な子の顔を見ようとしましたが、うつむいているためにどうしても見ることが出来ません。
 エカテリーナが困っていると、マリヤが幼な子の顔を向けさせようとして、エカテリーナの美しさを告げました。すると幼な子は母マリヤに答えました。

 「彼女は容貌も醜く、貧しい娘です。私の顔を見せるに値しません」

 マリヤが「ご自分の造ったものを悪く言わないでください。彼女はどうしたらあなたのお顔を見ることが出来るのでしょう。彼女に教えてあげてください」と言うと、幼な子は答えて言いました。
 「老修道士のもとへ行って、なすべきことを聞きなさい。彼の言葉に従い、それを行うならば、私の顔を見、私の栄光を飽きるほど受けられるでしょう」

 夢から覚めたエカテリーナは大いに心服して、夜明けとともに直ちに老修道士のもとへ行き、その足元に(ひざまず)いて教えを乞いました。
 老修道士は大いに喜んでハリストスの教えを説き明かし、天国の幸福と罪人の悲惨について語ったのでした。

 エカテリーナは、もとより博学・賢明な女性なので、すぐにキリスト教の真理を悟り、真理を信じ、遂に洗礼の機密を受けたのでした。
 かくしてエカテリーナは洗礼を受け、霊魂を更正し新たなる人として家に帰ると、神のみ前に伏して、今までの自分を悔いて祈りを捧げました。

 しばらく祈祷を続けていましたが、ついに疲れて眠ってしまいました。すると再び夢の中に神の母を見ました。しかし今度は幼な子イイススは、彼女に平安かつ光り輝く顔を向け、静かに愛に満ちた眼を注がれました。
 マリヤが「今のエカテリーナはあなたのみ旨にかなっていますか」と尋ねますと、ハリストスは答えて言いました。
 「この処女(おとめ)は、以前は貧しく愚かでしたが、今は最も美しく賢い女性となりました。私はこの処女(おとめ)を、今より永遠に私の妻にしたいと思います」
 彼女はその言葉を聞いてひれ伏して言いました。

 「尊貴なる主よ。私は卑しく不肖な者です。このような私があなたの国に入ることが出来ましょうか。けれど、願わくは私をあなたの(はしため)としてくださいますように」

 すると生神女マリヤがエカテリーナの右手を取り、ハリストスが彼女の指に指輪をはめて「地上において結婚しないように」と言われたのでした。
 眼を覚まし、自分の指を見ると、見たこともないような美しい指輪が光っていました。エカテリーナは非常に喜び、このときから心を一変して現世に惑わされることなく、常に彼女の霊魂は神の愛に満たされ、ただ天上の新郎たるハリストスのみを慕っていました。

 当時ハリスティアニンを最も残酷に処罰したマクシミアン帝がアレキサンドリヤ城を訪れ、異教の大祭を盛大に挙行しようと四方に使者を遣わして、布告しました。皇帝の命により諸城の人民は、それぞれ献げ物を携えてアレキサンドリヤ城に集まり、城中に満ちた頃偶像の祭を始めました。

 エカテリーナは、皇帝と人民の愚かな行為を見て悲しく思いましたが、気を取り直して数人の従者とともに偶像の神殿に入っていきました。ちょうど献祭の最中でした。

 祭に集まった人びとは彼女の美しさに驚き、息をのんで注目しました。
 それに気付いたマクシミアン帝は彼女に近づくことを許しました。
 彼女は帝の前に進み、ていねいに挨拶すると言いました。

 「我が王よ。あなたは卑しい偶像を拝んでいることを恥ずかしいと思わないのですか。世の学者が言うには、あなたが神と崇めているのは国家に功績のあった人の像だそうです。そのような偽りの神々は捨て、始めなく終わりない神の神を信じ、礼拝することです。真の神なくして世界列国の王は存在しません。

 神は私たち罪人を救うためにこの世に降って人体をとり、真の神の教えを伝え、遂に十字架上で死なれて私たち罪人を救ってくださいました。

 真の神はこのような方なのですから、異教の神々のように献げ物など喜ばず、犠牲を楽しむこともありません。ただ私たちが聖なる戒めに従い、行うことを望んでおられるのです」

 皇帝はエカテリーナの言葉を聞いて激怒しそうになりましたが、かろうじて押さえ「後日また語り合おう」とだけ言って彼女を下らせ、なおも偶像の祭を続けさせたのでした。

 偽教の祭典が終わった後、皇帝は再びエカテリーナを召しましたが、彼女の絶世の美貌に驚き、思わず「名を何という。誰の娘で何の宗教を信じているのだ」と問いました。
 エカテリーナは静かに答えました。

 「私はエカテリーナと申します。私の家はあなたの前のこの国の王家でした。私は世のすべての学問を学び、その空しさに気付きました。そして今や私は、その昔預言者が『智恵者の智恵を滅ぼし、賢者の賢さを空しくさせる者』と賞した、主イイスス・ハリストスの新婦となりました。

 私の肉体は塵と同様です。しかしこのような私にさえ美しい顔を恵み、智恵を与えたことによって、この世の人びとにご自身の全能を示されました。

 これに比べてあなたの崇拝する神々の、なんと卑しいことでしょう。全くの偽教であり、あなたがたを罪に沈めるだけです」

 皇帝は大いに怒り「お前は栄えある我らの神々を冒涜するのか」と声を荒らげました。
 エカテリーナは屈せず答えました。

 「皇帝陛下。あなたがもしご自身のまわりの黒雲を払い去ろうと思うなら、神々の偽りを悟り、真の神を認識することです」

 皇帝はエカテリーナと論争を続けることを避けようとして、「王たる者は婦女子と争うものではない。そこで私は智恵者・学者を国中から集め、お前と議論させよう」と言いました。

 こうしてエカテリーナは捕らえられ、皇帝の命により全国から学者が集められました。皇帝は学者達に彼女の過ちを証明させ、神々を礼拝させようと考えたのでした。

 招かれた学者は五十人以上にのぼり、人民もこの宗教論争を聞こうと、ぞくぞくと集まりました。

 エカテリーナは皇帝に召されましたが、泰然とそれに応じました。なぜなら、これより先に神使長ミハイルが彼女に現れ「全能の神は、あなたに学者達を論破する力を授け、さらに群衆をキリスト教に改宗させることを約束された」と告げたからでした。

 エカテリーナが皇帝のもとへ行くと、直ちに議論が始まり、学者らは異教の神々の正しさを証そうとしました。温和なエカテリーナはまず相手の主張を聞いた後、哲学者と詩人の言葉を引用して神々の偽りを示し、次いで哲学者・詩人の書を引いて、彼らが真の神の教えが現れると預言した部分を示し、さらに会衆にイイスス・ハリストスについて教えようとして言いました。

 「主は罪ある者をも愛し、悔やむ者の罪を赦してくださいます。

 主は言われました。『疲れた者、重荷を負う者よ。私のもとに集いなさい。あなたがたに安息を与えよう』と。

 今、私はあなたがたにお願いします。どうか偽りの神々を捨て、真の神の信じて救贖を得る人となってください」

 学者らはエカテリーナの熱心かつ明確な答弁に舌を巻き、とても反論出来ないと考えて議論を中断してしまいました。
 帝はその弱腰に怒り、死刑にすると嚇かしましたが、彼らは逆にエカテリーナの説く真の神を信じ、また神のために苦しみを受けて死ねば、その苦しみが彼らにとって洗礼となり、天国に行けると聞いたので、皆喜び勇んで主イイススのために致命していきました。

 学者らの致命を見ても皇帝は悟らず、また処女エカテリーナを自分のものにしたいという気持ちも断ち切れませんでした。

 そこで方法を変え、自分の妻となるならローマ帝国の半分をお前に与えようと約束しました。しかし彼女の心は少しも動かず、「私にとって皇后の衣服をつけるよりも、致命者の衣を着る方がはるかに喜ばしいことです」と言って従いませんでした。

 帝は今度は極刑に処すと嚇かしましたが、少しもひるまず「私を苦しめることは、多くの人びとが天国の幸いに授かるということです。私は喜んで苦しみを受けましょう」と宣言したのでした。

 帝は直ちに鞭打ちを命じ、エカテリーナは文字通り満身(まんしん)創痍(そうい)のありさまで獄舎につながれてしまいました。

皇帝は長くエカテリーナを幽閉し、飢えと渇きで彼女を苦しめようとしましたが、主は絶えず彼女に恵みを与えられました。例えば毎日鳩を遣わして食物を与え、また彼女の信仰を固めるために奇蹟をもって眼前に現れ、慰め助けたのでした。

ある日のこと、主イイスス・ハリストスが天の軍勢に守られて彼女の前に現れて言いました。

「エカテリーナよ。恐れることはない。私はいつもあなたとともにいるのです。ですから不屈の精神をもって多くの人を私のもとに帰すよう努力しなさい」

しばらくすると、皇帝は国事でアレキサンドリヤを去りました。

皇后アウグスタは、エカテリーナの容姿の美しさと聡明さを伝え聞いており、一度自分のもとに招きたいものだと思っていました。そしてある夜不思議な夢を見てからは、ますますその思いがつのり、側近の百夫長ポルヒリイに頼んで彼女を招くことにしました。その夢とは、美しい白衣を着て、美しい少年少女に囲まれたエカテリーナがアウグスタを招き、頭に黄金の冠を被らせて「アウグスタよ、天地の主ハリストスがこの冠をあなたに贈られました」と言って微笑んだのでした。

皇后は夢のことをポルヒリイに語り、「エカテリーナを実際に見ないと気がすまない」と言いました。そこでポルヒリイはエカテリーナを連れて来ることを約束して自分の家に帰りました。

ある夜のこと、百夫長ポルヒリイは自ら皇后アウグスタを聖エカテリーナの繋がれた獄舎に導きました。その時、聖エカテリーナの顔は光り輝いたので、皇后は怖れて彼女の足下に伏し、「私はあなたのお顔を拝し、大いなる幸福を感じています。今や私は、たとえ皇后の地位や自分の生命を失ったとしても、何の悔いもありません。あなたは天地の造り主なる神に親しみ、奇蹟をも行う力を受けた方です。あなたこそ、本当に至福にして讃美に価するお方です」と言いました。
するとエカテリーナは答えました。

「皇后よ。あなたもまた至福に価する方です。 私はあなたが神からの金冠を被ったことを知っています。あなたも一時の苦しみを受けることによって金冠を授けられ、限りない天国の幸いに預かり、神のおそばに行くことを赦されたのです」

皇后は苦難、特に残酷極まる自分の夫を怖れていると告白すると、エカテリーナは力づけて言いました。

「主イイスス・ハリストスは、常にあなたとともにおられます。一時の身体の苦しみを忍べば必ず天国に行き、永遠の平安を得るのです」

ポルヒリイはずっとふたりの会話を聞いていましたが、ふいにエカテリーナに「ハリストスは、信ずる者に何を与えてくださるのでしょう。私はたった今から、主の兵士となりたいのです」と尋ねました。

エカテリーナが逆に、ハリストスの教えを聞いたことがないのですかとたずねると、彼は申し訳なさそうに、自分は幼い頃から軍事にのみ心を労した、剛勇だけが取り柄の軍人です、と言いました。

そこでエカテリーナはポルヒリイとともに集まった兵士達にキリスト教の要理を説き、仁慈にして人を愛する神は、ご自分を愛する者と、み旨に従う者のために天国の門を開いてくださると述べました。

皇后アウグスタをはじめ、百夫長ポルヒリイとその兵士達はその教えを聞いてハリストスを信じ、聖エカテリーナに別れを告げて、おのおのの家に帰ったのでした。

しばらくして皇帝は再びアレキサンドリヤに戻り、エカテリーナを獄舎から引き出しましたが、彼女の容貌は少しも衰えず、かえって以前より美しく輝くようでした。

皇帝は不審に思い、彼女に投獄され飢え渇いていたはずなのにどうして衰えていないのか詰問するとともに、獄舎の番兵が食物を与えていたのではないかと疑い、これを処罰しようとしました。

聖エカテリーナは帝に答えて言いました。
「私は誓って獄舎の中で人の手に養われたのではありません。神自ら私を養ってくださったのです」

そこで皇帝は、またも彼女の心を奪おうと、優しい言葉で誘いました。
「エカテリーナよ。お前の美貌、知性と教養は、我らの神アルテミタにも勝るものがある。お前は空しくその美貌を失ってもよいのか。私の言葉に従ってこの国を動かし、快楽を極めようではないか」

しかし彼女は「私の美しさなど、取るに足りません。人は塵より生じ、再び地に帰すからです」と答えました。

皇帝の苦心も空しく聖エカテリーナの心は微動だにしなかったので、帝は大いに怒り、憎悪はますますつのりました。鋭い剣のついた処刑用の車を持ち出し、彼女に示して言いました。
「われわれの崇拝する神々を拝まないなら、この刑具で世にも恐ろしい目にあわせてやる」

エカテリーナがその刑具を見ても恐怖の色を現さなかったので、帝はそれで酷く苦しめるように命令しました。兵士が刑を執行しようとすると、突然天空から天の軍勢が現れ、たちまち刑具を打ちこわしたので、エカテリーナは少しの傷も負いませんでした。

その様子をつぶさに目撃した群衆は大いに怖れおののいて「ハリスティアニンの神のなんと偉大なことか!」と口々に呼ばわったのでした。

皇后アウグスタはその声を聞くと宮中から走り出て、大声で皇帝の非を責めたので皇帝は怒り、こともあろうに自分の妻に対して死刑を宣告したのでした。

 皇后アウグスタは死に臨む時、聖エカテリーナに対し「全能の神の(はしため)よ、私のために祈ってください」と言いますと、エカテリーナは答えました。
「安心して逝きなさい。あなたは天国に入り、限りない平安を約束されているのですから」

アウグスタは心安らかに致命しました。

百夫長ポルヒリイは、その夜ハリストスを信じる兵士らとともに皇后の遺体を葬り、皇帝の前に進み出て、彼らもまたハリスティアニンであることを述べ、帝が死刑を宣告するのを聞くと一同大いに喜び、ハリストスのために致命していきました。
翌日、皇帝はもう一度エカテリーナを召して言いました。
「お前は大きな罪を犯した。お前は私の妻を失わせたのみならず、勇敢な兵士を多数滅ぼし、また人民の心を惑わしたのだ。しかしお前を殺すのは、あまりに忍びない。神々を礼拝すれば、その罪をことごとく赦そうではないか」

帝は言葉を続け、「お前は私と一緒に全国を支配するのだ。どこの国の皇后も受けたことのない富と快楽とを、お前に与えよう」と優しく諭したのです。

しかしそんな虚言に惑わされるエカテリーナではありません。彼女はますます信仰を堅め、心が動く様子がありません。皇帝は、ここで初めて彼女の信仰の堅さを悟り、万策尽きて死刑を命じたのでした。

かくして聖エカテリーナは刑場に引き出されました。その時多くの人が彼女に従い、処刑を悲しんで涙を流しました。

ことに彼女と同年代の女性は、その知性と美貌を惜しみ、どうか帝の命令に従うようにと勧めました。

彼女はその声に答えて言いました。

「どうか私の死を悲しまないでください。今日私は主イイスス・ハリストスにお会い出来るのですから。主は私のような卑しい者をも天国の幸いに預からせてくださるのです。

それよりも自分自身の不幸を嘆きなさい。主イイスス・ハリストスを信じない者は、永遠に罪の淵に沈むからです」

聖エカテリーナは死に臨み、天を仰いで祈りました。

「主イイスス・ハリストスよ。あなたは私を堅い信仰の岩に立たせ、また正しい道を示してくださいましたことを感謝します。

どうか私を献げ物として、私の霊を受けてください。また私が知らないうちに犯した多くの罪をお赦しください。あなたが十字架上で流された尊血をもって、私の罪をお赦しください。

そして主よ。私が刃に倒れた時は、どうか私の(むくろ)を敵の目にさらさないようお願いいたします。

 天にいます主よ、地上の罪人を顧み、彼らの心を開かせ、真の神を知らしめてください。私の死をもって多くの人に主を知る機会となし、あなたの大いなる憐れみと威光とを示してください」

エカテリーナが祈祷を終わると同時に刑は執行され、永眠したのでした。

伝説によれば、その時天使が現れて聖エカテリーナの遺体をシナイ山に運んでいったということです。またエカテリーナ致命から200年余り後、シナイ山の修道士が彼女の首と手を発見し、その不朽体を修道院の聖堂内に安置したと言われています。

聖エウドキヤ

 聖エウドキヤはサマリヤ人でフィニキヤの町、イリオポリの出身でした。異教の教えに惑わされ、長い間自分の美貌を利用して罪深い生活を送っていました。彼女の魂は生命を失い、心は残酷になっていきました。

 ある時、夜中に彼女が目を覚ますと、同じ建物の中のキリスト教の信者たちが住んでいる方から、祈祷の歌と聖書の誦経が聞こえてきました。祈りの声は義人を待っているあの世での永遠の至福と、罪人を待っている永遠の苦痛について語っていました。主・神の恩寵がエウドキヤの魂に触れ、彼女は自分の犯している罪悪によって魂が重苦しくなっていることを感じました。朝になると、彼女は昨夜祈祷していた修道士、長老ゲルマンに会い、魂が天の国に入るためにはどうすればよいのかと熱心に尋ねました。

 長老ゲルマンは神の慈悲について、痛悔の力について、どのようなことが神のみ心にかなうかについて、またそれらを得るためには洗礼を受けて新たな生命をもって生まれかわらなければならないことを語りました。

 洗礼を受ける前、エウドキヤは一人自室に籠もり、斎と祈祷を行って十七日間を過ごしました。その時、神の使いが現れて、彼女を祝福して言いました。

 「罪人が心から悔い改める時、天上の喜びは大変大きいのです。なぜなら天にいます父は、ご自分の像に似せて自らの清い手で造られた人間の魂が滅びることを望まれないからです。また神使たちも人間が己の魂を徳と修行をもって飾るのを見ると大変嬉しいのです」

 洗礼機密を受け、新たな生命に生まれかわったエウドキヤは、再びこの世の誘惑に心を奪われることはありませんでした。長老ゲルマンの祝福を得て修道院に行き、昼も夜も自分の罪過を悔い、涙を流して祈祷し、厳粛に祈祷に励みました。

 修道院長の要職に就いてからも、この世の誘いの嵐は様々な形でエウドキヤに迫りました。しかし彼女の強い信仰の力は主・神の助けを得て、罪に陥っている人びとに痛悔の心を与え、彼らをハリストスの教えに向かわせました。晩年、キリスト教の迫害が激しくなった時、拷問の後、斬首されて致命しました。二世紀のことです。